兎祇物語

創作小説を掲載します。

幸福

兎祇物語

f:id:satyrus_pan:20230821155407j:image

紅兎
f:id:satyrus_pan:20230821155404j:image

惜別編

f:id:satyrus_pan:20230821163051j:image

(4)幸福
f:id:satyrus_pan:20230821155336j:image
「良いところね…」
菜穂は、そこに辿り着くと、辺り一帯を静かに見回しながら言った。
「トモ姉ちゃんは、こーんな所に暮らしてたんだ。」
平坂峠を越えて、岩屋谷(いわやたに)に入ると、そこは別世界であった。
物静かな森林に囲まれる中、一面、数多の田畑が広がっていた。
収穫は既に終えていて、ここ数日の雪で埋もれた畑は、どれがいかなる作物を実らすかわからなくなっていた。
ただ、白銀に染められ、キラキラ輝くのが美しい。
身体(からだ)の動く男女が、雪を掻き分け、役目を終えた作物の名残を取り除いている。
「こんにちわー。」
「こんにちわー、寒いですねー。」
歩いていると、至るところで、声がかかる。
「いやー、雪が止んでくれただけ、有難い事で…」
手を振ると、穏やかな笑顔を浮かべ、手を振り返す人々。
皆、一生懸命働いている事に変わりはないが、更に一山超えた社領(やしろのかなめ)のように、あくせく働いていると言う様子はない。何処か、のんびりゆったり働いている。
よく見ると、一見、元気そうに思われる男女だが、何かしら怪我なり病いなりを抱えていて、それぞれ自分の体を労わりながら、働いている。
あるいは、共に働く者同士、互いの体を労わり、支え合いながら働いている。
「此処が、トモ姉ちゃんと二人で過ごした小屋ね。」
一軒の小屋の前に立つと、菜穂はシミジミと眺めながら言った。
戸は開け放たれ、藁や干し草、薪枝が積まれ、編んでる途中の雨合羽や長靴が無造作に置かれている。
隅には、折りかけのムシロがそのままになっていた。
「まだ、トモ姉ちゃんが此処にいるような気がする…」
中に入りながら、菜穂が振り向いて言うと、和幸は憂に満ちた眼差しを向けて、微かに口元を綻ばせた。
「カズ兄ちゃん、トモ姉ちゃんは、幸せだったよ、きっと…」
菜穂が言うと、和幸は菜穂の頭を撫でながら、ジッと、ムシロ織機の方を見つめた。
智子が折ってる途中で倒れ、その時のままになっている。
『愛ちゃん、寒いだろうな…』
寝込むようになると、事ある毎に和幸の胸でシクシク泣くようになった。
『あの子だけ、ずっと裸でいなけりゃならないなんて…あの子だけ、いつもいつも寒い思いしなきゃならないなんて…』
まだ、元気に仕事ができていた頃は、一時期、忘れていた。
寝たきりの病人、脳をやられて子供帰りした病人、身動きできぬ怪我人の世話に明け暮れて、むしろ、生き生きしていた時期もあった。
『さあさあ、沢山食べて、元気出して下さいな。』
『なーんにも心配しなくて良い。これまで、私達は、みーんな、トモちゃんにどれだけ世話になったか、わからないんだからね。これからは、何でも、私達が、トモちゃんの力になるからね。』
身の回りの事は大概でき、桑の仕分け、蚕の世話などの仕事はできるものの、重い病気を煩い、手足の一部や、顔の一部が欠けてしまったような人々が、毎日訪れては、こまめに世話を焼いてくれた。
皆、元気だった頃の智子が、ずっと親切に世話していた人々であった。
智子は、彼ら彼女らがいる間、起き上がって、にこやかに話しをしたりした。
『ほらほら、そんな事は、私らに任せて、カズ坊はトモちゃんの側にいてあげな。』
『ほれ、芋の煮ころがしと、青ネギと豆腐の味噌汁ができたよ。トモちゃんに食べさせておやりな。』
和幸は、皆に言われるままに、椀を取り、智子に食べさせてやった。
『美味しい…シゲさん、このお芋、凄く美味しい。』
智子は、青く痩せ細った顔いっぱいに笑みを浮かべて言った。
『なーに、全部、カズ坊に教わった通り煮込んだだけだよー。』
『あたしの味噌汁もそうさ。ダシの出し方は、全部、カズ坊の受け売りさー。』
『トモちゃんは良いねー、こんなに何でもできて、優しい旦那さんがいてさー。私も、こんな良い人、欲しかったねー。』
誰かが言えば…
『今からでも、遅くないではありませんか。良い人、見つければ良いでしょう。』
和幸が言うと…
『そんな、ね…』
その人は、思わず崩れ切った顔を悲しげに撫で回す。
『そんな事はないでしょう。なんなら、僕が…』
『ダメダメ!カズ坊には、こーんなべっぴんさんの嫁さんがいるじゃない!』
『そーよ、ほら、トモちゃんが心配そうな顔してよ。』
すると、智子は口に手を当てて、クスクス笑った。
誰かが訪ね、誰かと話したりしてる時は、楽しそうにしていた。
しかし、皆が帰ってしまうと、忽ち涙目で俯き出した。
『明日、また、みんな来てくれるよ。寂しがる事はないよ。』
『うん…』
和幸が肩を抱き、そっと寝かせながら自分も隣に入ると、智子は和幸の手を握った。
『カズちゃんの手、暖かい…』
智子は言いながら、和幸の手に頬ずりした。
和幸は、静かな笑みを浮かべて、智子の頭を撫でてやった。
『覚えてる?初めて、社(やしろ)に兎幣された頃、カズちゃん、毎日べそかいて泣いててさ…私がこうやって手を握ってあげると、やーっと泣き止んで、私の胸で眠ったんだよ。』
智子が言うと、和幸は頷いた。
『あの頃、カズちゃん、私の胸くらいもなくてさ…私、てっきり年下だと思ってた…
可愛いかったなー
それが、今じゃ、私がカズちゃんの半分もありゃしない…
大きくなったんだね。』
『トモちゃんのおかげだよ。トモちゃんのおかげで、僕は大きくなれた…生きてこれたよ。』
言いながら、和幸はグッと智子を抱き寄せた。
『暖かい…』
智子は、和幸の胸に顔を埋めながら言った。
和幸は、智子を包み込むように抱きしめた。
『私だけ、良いのかな?ずるくないかな?』
『どうして?』
『愛ちゃん…寒いだろうな…
毎日、毎日、裸のまんまでいさせられて…私達は通わなくて済む学舎(まなびのいえ)にも行かされて…
行く先々で、いろんな人達のオモチャにされて…』
『人には、それぞれ、持って生まれた宿命がある。それは、僕達も同じだよ。』
智子は、和幸の胸の中で、急に涙ぐみ…
『やっぱりずるいよ…あの子、みんなに喜びをくれたわ。みんなに笑顔をくれたわ。みんなの生きる支えだった。だのに、あんな…』
智子は、シクシクと泣き出した。
『あの子も同じだったわ。』
『美香ちゃんか…』
『あの子…自分は何も着れないのに…
私達の為に、手袋や襟巻きを編んでくれたわ。
あんな優しい子達が…どうして…』
和幸は何も答えず、ただ、智子の頭を撫で続けた。
『私も裸になろうかな…
裸になって、あの人達のところに行くの…
あの人達、あんな病気になっちゃったばっかりに、ここに閉じ込められて…人と接する事も禁じられて…
身体(からだ)はちゃんとしてるのに、穂供(そなえ)も、子供をつくる事も許されないなんて…』
『だから、いくらしても大丈夫な、トモちゃんがやらせてやるのか?良い考えだね…
それなら、僕も裸になって、一緒に行こう。それで、シゲさんの相手でもしてやろう。』
和幸は、優しく笑って頷いた。
『ダメよ!』
智子は、慌てて首を振る。
『ダメダメ!だって、カズちゃんは健康なのよ!親社(おやしろ)様が、病気と言う事にして下さってるだけよ!
あの人達の病気が感染ったら…』
『あの病気は感染らない…百合さんが言ってたじゃないか。』
『でも…カズちゃんが、そんな事をしたら…私…』
『トモちゃんが、その身体(からだ)を傷めつける事をしたら、僕は悲しい。』
和幸は、ベソベソ泣き出す智子が言い終えるのも待たず、先に言った。
『僕だけじゃない。あの人達もみんな悲しむ。トモちゃんとやれて、喜ぶ人なんて誰もいないよ。
みんなを傷つけて、悲しませたいなら…
良いよ、僕も一緒に裸になって、あの人達のところに行こう。』
『私…こんな幸せで良いの?』
智子は、涙に濡れた顔をあげて言った。
『愛ちゃんが、一人だけ裸で震えてるのに…美香ちゃんがあんな可哀想な目にあったのに、私だけ、幸せになって良いの?』
『僕は幸せになっちゃダメ?幸せになる資格ない?』
和幸は、智子の頬を撫でながら、逆に聞き返した。
『えっ?』
『いつも、トモちゃんの世話をしにきてくれる、あの人達も、幸せになる資格ない?感染りもしない病気を感染ると言われて、シゲさんは七十年以上も閉じ込められて来たんだよ。
僕は、みんな幸せになる資格があると思う。権利があると思う。いや、資格や権利の問題じゃない。僕が幸せになって欲しいんだよ。
でも、トモちゃんは、そう思わないんだね。愛ちゃんと美香ちゃんの事しか頭にない。だったら、良いよ。僕も、雪の中、トモちゃんと裸になって、あの人達のところに行って、一緒にみんなを悲しませよう。
やっと、トモちゃんと出会って見つけた、みんなの生きる意味や喜びを取り上げてしまおう。』
『でも、愛ちゃん…美香ちゃん…』
『トモちゃんが、身体(からだ)を大事にしなかったら、一番悲しむのは、愛ちゃんと美香ちゃんじゃないかな?
僕、トモちゃんが裸でみんなのところに行くようになったら、愛ちゃんに話すからね。トモちゃんは、愛ちゃんが可哀想だと言って、ここでこんな事してるってね。』
『やめてっ!』
智子は、顔色を変えて、哀願した。
『やめてっ!お願い!愛ちゃんにそんな話ししないで!』
『だったら…』
和幸は、また、穏やかな笑みを浮かべて、智子の頬を撫でた。
『僕や、あの人達を幸せにして。これは、僕のお願いだよ。』
智子は、また、和幸の胸の中で泣きだした。
『でもさ…』
和幸は、幼子のように、いつまでも胸の中に顔を埋めて泣き噦る智子の背中を撫でてやりながら、ふと思い出したように言う。
『此処で、一日中、二人して裸で過ごすのは良いね。』
『えっ?』
思わず顔をあげる智子が、小首を傾げて和幸に言うと…
『だからさ…』
和幸は、満面の笑みを浮かべながら智子の襟元に手を伸ばし、肩から下ろしてゆくと…
『そう言う事か…』
智子も、漸く和幸の意図を察して、クスクス笑いながら、身を委ねる。
『トモちゃん、綺麗だよ。とーっても綺麗だ。』
智子の帯を解き、着物を腹部まで下ろすと、そう言いながら、和幸も器用に着物を脱ぎ始める。
やがて、二人とも一糸纏わぬ姿になると、和幸はそっと唇を重ね、舌先を絡ませあいながら、智子の身体(からだ)を撫で始める。
最初は頬、次に首筋、肩、背中へと撫でる手を移し…
やがて、胸に手を伸ばし、優しく揉み始めると、
『アーッ…アーッ…アーッ…』
と、静かな喘ぎを漏らしながら、和幸の顔を見上げ、安らかな笑みを浮かべると、愛しい人の頬に手を伸ばす。
和幸もまた、その手を取ると、優しげな笑みを返して、智子の胸を揉む手を腹から腰、腰から股間へと移して行き…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
神門(みと)の縦線にそって撫で回され、先端の神核を指先で転がすように弄られると、今度は赤子の鳴き声にも似た、甘えるような喘ぎを漏らし始めた。
『トモちゃん、愛してるよ。』
『私も、カズちゃんを愛してる。』
和幸は、智子とうっとりするような笑みを交わし合うと、それまで互いに重ね合わせていた唇を、首筋から肩、肩から胸へと、舌先でチロチロ舐めながら、移して行った。
『アァァァ…カズちゃん…カズちゃん…アァァァァ…』
智子もまた、和幸に撫で回される神門(みと)を湿らせ、全身が熱ってくるのを感じながら、和幸の首筋から肩にかけて唇と舌先を這わせてゆく。
しかし…
『トモちゃん、どうしたの?』
和幸は、唇と舌先を、智子の胸の突起まで運んだ時、不意に顔をあげて、首を傾げた。
『カズちゃん、ごめんね…』
ポツリ呟く智子は、両目を潤ませている。
『何が?』
『私の身体(からだ)…ちゃんと、女の子の形にできてなくて…』
『何だ、そんな事か…』
和幸はニッコリ笑って言うと、涙に濡れた智子の頬に頬擦りをした。
『ごめんね…本当に、ごめんね…』
智子は、尚も謝り続けながら、いつしかシクシクと泣き始めた。
智子の身体(からだ)は、かなり幼いうちに成長を止めてしまっていた。
智子は、物心ついた頃から、実の父親と、酒代欲しさに父に売られた男達に、弄ばれ続けていた。
その際、何度も参道に穂柱を捻り込もうとされては、どうしてもできないと知ると、指や小枝、棒切れをねじ込まれ、掻き回され続けてきた。
その時、御祭神が慢性的に傷つけられ続けてきたのと、まともに食べさせて貰えなかった栄養不足とで、身体(からだ)の成長が止まってしまったのである。
故に、二十歳を迎えて尚、幼児のような身体(からだ)をしていた。
胸の膨らみはなく、未だ神門(みと)に若草が生えるどころか、発芽の兆しすらなくまっさらであった。
そればかりか、末期の悪性腫瘍に侵されるまでもなく、遂に一度も目覚める事なく、御祭神は働きを止め、月のモノの訪れすらなかったのである。
『謝る事なんてないさ。僕は、トモちゃんの、この胸が好き、この神門(みと)が好き…』
和幸はそう言うと、尚もメソメソなき続ける智子の真っ平らな胸の乳首を吸い、白桃色した神門(みと)を、ワレメ線に沿って愛しげに撫で回した。
『アッ…アッ…アッ…カズちゃん…カズちゃん…アァァァァ…』
智子は、未だ包皮の被った神核(みかく)を指先で軽く転がされるのに合わせ、穏やかな喘ぎを漏らしてゆく。
『トモちゃん、気持ち良い?』
『うん。』
和幸は、小さく頷き甘えるように顔を胸に埋めてくる智子の小さな肩をそっと抱くと、一層、丹念に神門(みと)を撫で回して行った。
いつしかそこは、優しい愛撫に応えてシットリ湿り出している。
『僕は、辛い時、苦しい時、いつもこの胸に抱かれて支えられた。この神門(みと)に受け入れて救われた。僕の宝物だよ。』
『カズちゃん…』
『それに、ほら。僕の身体(からだ)も、そんなトモちゃんの中に入りたがっているよ。』
不意に、和幸が十分に反応を示した穂柱を、智子の手に触れさせると…
『まあ、本当。』
智子は、漸くクスクス笑いだし…
『こんなに大きくなって…出会った頃は、あんなに小さくて可愛いかったのにね。』
『おいおい、トモちゃん。それ、酷いなあ。』
和幸が弱った顔して頭を掻き出すと…
『だって、本当に可愛かったんですもの。まだ、指先ほどの長さしかなくて、小枝ちゃんみたいに小さいのに、弄ってあげるとピーンと勃たせてさ…
あんまり可愛くて…思わず食べちゃいたくなっちゃった…』
一層、おかしそうに笑い出しながら、あの時と同じように、和幸の穂柱を頬張り、チロチロと舐め出した。
『ハァ…ハァ…ハァ…』
次第に息を上げながら、ふと見れば、智子は両脚を大きく拡げ、誘うように剥き出された神門(みと)が目に留まる。
『トモちゃん…』
和幸は、憑かれたように濡れそぼった股間に顔を埋めた。
『ハァ…ハァ…ハァ…』
『アッ…アッ…アッ…』
小刻みな呼吸音と安らかな喘ぎが交差する。
気づけば、二人は巴の形に折り重なり合い、夢中になって互いの局部を丹念に舐め合っていた。
『それじゃあ、トモちゃん。』
『うん、来て!私の御祭神様も、カズちゃんに会いたがってるわ!』
十分に潤った神門(みと)を指先に掬いあげ両手を広げる智子を、和幸は思い切り抱きしめ唇を重ね合わせると、そっと押し倒していった。
しかし…
『イッ…!痛い!』
和幸が、穂柱を参道に滑り込ませようとした刹那、智子は思わず呻きを漏らした。
『トモちゃん…』
和幸は、慌てて動きを止め、挿れかけた穂柱を、参道から引き離した。
『だ…大丈夫…カズちゃん、来て、私の中に来て。』
思わずまた、涙ぐむ智子に…
『良いんだよ。もう、良いんだ。』
和幸が、優しく頬を撫でながら言うと…
『私、カズちゃんの為に何もしてあげられなかった…まともな女の身体(からだ)で悦ばせてあげる事も、ナッちゃんみたいに赤ちゃん産んであげる事も、何にもできなかった。だのに、もう、受け入れてあげる事もできない。
これじゃあ、女の子に産まれてきた意味ないよ…女の子として生きてる意味ないよ…』
智子は言うなり、声をあげて泣き出した。
すると…
『でも、トモちゃんはトモちゃんと言う存在として、今、確かに僕の目の前にいる。』
和幸は、智子の顔をあげると、それまでの優しい笑顔とは打って変わり、真剣な眼差しをまっすぐに向けて言った。
『トモちゃんが、トモちゃんと言う存在として、僕の前に現れ、側にいてくれたから、僕は生きて来れた。今も生きていられる。
トモちゃんと言う存在がなければ、僕はきっと…
それは、これからも変わらない。未来永劫、変わらないんだよ。』
『良いの?こんな私で、本当に良いの?私、何もしてあげられないよ。女の子として、カズちゃんの為に、何も…』
『それでも、トモちゃんの温もりがある。こうして、確かに此処にある。』
和幸は、そう言うと智子を思い切り抱きしめ…
『この温もりが有れば良い…この温もりだけあれば良い…他に何もいらない…必要ない。』
いつまでも、頬擦りをし続けた。
「本当は、サナ姉ちゃんも、ここに来る筈だったのよね。」
折かけのムシロ機を撫でながら、菜穂は不意に言うと俯いた。
また、あの大きな赤ん坊みたいな少女を思い出したのだ。
四人めの仔兎祇(こうさぎ)を産んだ早苗は、肥立ちが悪いだけでなく、産んだ子を連れ去られた悲しみも重なり、一月以上経っても、なかなか回復しなかった。
名無しは、完全に回復するまで…
いや、体調不良を理由に、一日でも長く休ませたいと思っていた。
叶うなら、二度と捧穂祭(ささげ)には出したくなかった。
しかし、早苗は、私の兎祇(うさぎ)達の扱いについて、総宮社(ふさつみやしろ)から横槍が入ってきている事を知っていた。
領内(かなめのうち)の神職家(みしきのいえ)の者達からも叩かれている事も知っていた。
早苗の事でも、何かと理由つけて休ませては、早く出せと迫られてる事も知っていた。
何より…
名無しが一番困り果てていたのは、その度に逆上して暴れ出しそうになる貴之の事である事も知っていたのである。
『親社(おやしろ)様、早苗はいつまで遊ばせておくおつもりですかなー』
『産後の傷が癒え、産褥を終えるまでだ。』
『ほほう…に、しては、随分と時間がかかっておりますわなー。』
『左様…白兎は、仔兎祇(こうさぎ)を産んで一月経ったら、床上の祭祀(まつり)と穂供(そなえ)を済ませ、捧穂(ささげ)の祭祀(まつり)に出すのが定めの筈。』
『早苗が仔兎祇(こうさぎ)を産んで、とおに一月経っておりますぞ。』
あの日も、産後の傷が癒えぬ早苗を早く出せと、中務輔(なかつかさのすけ)河下登使主鱶見褒吾郎和邇雨経世(かわしたのぼるのおみふかみのほめごろうわにさめのつねよ)は、神使(みさき)衆を引き連れ、社(やしろ)に押し寄せていた。
『だから、何度言えばわかる!あの子は、人より幼い身体(からだ)で何度も出産し、弱り切っている!しっかり休ませねば、完全に壊れて、仔兎祇(こうさぎ)を産めなくなる!』
『では、まだ、穂供(そなえ)に耐えられるまで、回復しておらぬと?』
『そうだ!今回の出産も、腹を切らねばならぬ程の難産だった!途中、何度も死にはぐったのは、立会人を務めたお前達もその目で見ただろう!』
『ならば、医師(くすし)に確かめさせましょう。今日は、医寮(くすのつかさ)より、医頭(くすのかみ)の河田孜(かわだのつとむ)先生直々に同行させてますでなー。』
『必要ない!医師(くすし)の診断なら、医弁(くすのじょう)の義隆が下してる!』
私が必死に神使(みさき)達を締め出そうとすると…
『親社(おやしろ)、どけ…』
見るからに全身から湯気を出し、浅黒い顔を更にドス黒く痙攣らせた貴之が、鉈を片手に名無しを押し除けた。
『よせ!タカ君は下がって…』
貴之は、止めに入ろうとする名無しを突き飛ばすや、登使主(のぼるのおみ)の胸ぐらを掴みあげた。
『てめえ、チビを出せだと?』
『た…貴之…何する気だ…』
『聞いてんのはこっちだ!答えろ!』
『そ…そうだ…兎は…白兎は…捧穂(ささげ)にて…御祭神に白穂を頂くのが…』
貴之はみなまで言わせず、胸ぐらを掴み上げたを突き飛ばし、蹴り上げ、更にもう一度胸ぐらを掴むと、手にした鉈を振り上げた。
『ヒィーッ!!!』
登使主(のぼるのおみ)は、低い声をあげるなり、思わず失禁した。
『貴之!何をする!』
『そんな真似して、ただで済むと思ってるのか!』
忽ち顔色変えた他の神使(みさき)達は、貴之を遠巻きに尻込みしながら、目線だけは上目線で言い放つと…
『ただですまねえんなら、どうなるってんだ?』
貴之は、一層、怒りと憎悪に激らす眼差しを、周囲を取り巻きつつ、一歩も前に出られない神使(みさき)達を一巡して睨み据えた。
神使(みさき)達は、一様に絶句する。
『兎神祇(うさぎ)が神使(みさき)に手をかければ、腕を切り落とされる。』
名無しは、唖然と取り囲んだまま、金縛りにでもあったような神使(みさき)達の間をわけいると、貴之の鉈を握る腕を掴んだ。
『何だと…』
貴之は、名無しの顔を睨み返すと、掴まれた腕に力を込め、怒りに全身をワナワナと震わせた。
『サナちゃんを抱けなくなるぞ。良いのか?』
名無しもまた、貴之の腕を握る手に一層の力を込めて言った。
『上等だ…』
貴之は、登使主(のぼるのおみ)に向けていた憎悪の眼差しを私に向けると…
『ぶっ殺す!』
神使(みさき)の眉間にとも私の眉間にともなく、私に掴みあげられた鉈を握る腕を、力づくで振り下ろそうとした。
その時。
『皆様、御心配をおかけして申し訳ありません…』
殆ど裸とも言える、煤けた白い襦袢を一枚纏っただけの早苗が姿を現し、皆の前に正座して手をついた。
『サナちゃん!』
『チビッ!』
思わず声を上げて振り向く名無しと貴之に、早苗は、もう大丈夫と言うように、無邪気な笑顔を傾けてきた。
『馬鹿野郎!何しに此処へ!』
貴之は、顔色を変えて叫ぶや、登使主(のぼるのおみ)の胸ぐらを掴む腕の力を一瞬抜いた。
その隙をつき…
『てめえ!離せ!離しやがれ!』
名無しは、貴之の腕を捻り、その場に組み伏せた。
『サナちゃん、休んでなさい。君の身体(からだ)は、まだ元にもどっていない。』
『親社(おやしろ)様、ありがとうございます。
私は、もう大丈夫です。』
『大丈夫なものか。無理をしたら、もう、赤子を産めなくなる。大きくなったら、タカ君と暮らして、タカ君の子を産むんじゃないのか?』
私は、いつもの懐こい笑みを傾ける早苗を嗜めるように言うと…
『やあ、早苗じゃないか。やーっと、顔を見せてくれたね。』
登使主(のぼるのおみ)は、貴之に胸ぐらを掴まれ、蒼白な顔をしていたのが嘘のよう、骸骨のような顔を綻ばせ、分け入るように言った。
『今回の出産も大変だったねえ。腹をあんなに切り裂かねばならず…でも、よく頑張った、偉いぞ。』
『ありがとう、ございます。でも、もう、大丈夫です。また、次の仔兎祇(こうさぎ)を産めるよう、務めさせていただきます。』
『よしよし、良い心がけだ。さあ、それじゃあ、早速、床上げ式を行おう。』
『はい。』
早苗が、登使主(のぼるのおみ)にも、あの懐こい笑みを浮かべると、登使主(のぼるのおみ)は、ますます顔を綻ばせ、早苗の襦袢の胸元に手を忍ばせた。
『登使主(のぼるのおみ)、よせ!早苗は、まだ、傷が治ってないんだぞ!』
名無しが思わず声をあげると…
『何を仰る、元気そうではないか。』
『やっと、此処まで回復したんだ!だが、まだ、傷も塞がり切ってなければ、身体(からだ)もまだ、戻り切ってない!昨日も、それで熱を出していた!』
『なーるほど、それは、いけませんわなー。』
登使主(のぼるのおみ)は言うなり、側に控える他の神使(みさき)達とは、明らかに出立の違う男…社領医師(やしろのかなめのくすし)の長、河田孜医頭(かわだのつとむのくすのかみ)に目配せした。
孜医頭(つとむのくすのかみ)は、登使主(のぼるのおみ)と互いに頷き合うと…
『それでは、それがしが、早苗を診てしんぜよう。』
早苗の側に寄るなり、徐に襦袢を引き剥がすと、早苗を全裸にした。
『て…テメェ!』
『何をする!』
貴之と名無しが、同時に声を上げると。
『何をするって、医師(くすし)のする事は一つですわなあ。診察(みたて)ですよ、診察(みたて)…』
登使主(のぼるのおみ)がニヤけて言う傍ら…
『そこに座れ!』
孜医頭(つとむのくすのかみ)は、命令口調で言うなり、早苗を近くの板敷に座らせると、全身を撫で摩り始めた。
『ふむふむ。綺麗な肌艶をしておるな。』
孜医頭(つとむのくすのかみ)が首筋から肩、肩から背中へと、舐めるように撫で回してゆくと、早苗は膝に乗せた手をグッと握り、硬く目を瞑った。
『手触りもなかなか良い…』
孜医頭(つとむのくすのかみ)は言いながら、手が掌にすっぽり治る小さな胸の膨らみに辿りつくと、左右交互に、なぶるように撫で回し…
『今回で、産んだ仔兎祇(こうさぎ)は四羽目なんだって?』
『は…はい…』
『にしては…参道も、良い色をしておる。』
震える早苗の両脚を開かせると、指先で神門(みと)を広げ、参道を覗きこみながら言った。
更に…
『おまえ、今年で幾つになる?』
『十…四…です…』
『十四…だと?に、しては、随分と幼い身体(からだ)をしておるな。胸の膨らみも僅かなら、神門(みと)に若草も生えとらん。まだ、十二にもならんかと思ったぞ。どれどれ、中の具合も診てしんぜよう。』
孜医頭(つとむのくすのかみ)は関心深げに言うと、指先を乱暴に捻りこんだ。
『アァァァーッ…!』
早苗は、思わず顎と背中を退け反らせて声を上げた。
『ほほぅ〜。兎幣され、田打早々孕ませて以来、年に一羽づつ産んだと言うから、どんな早熟な身体(からだ)をしてるかと思いきや…中もこんなに小さくて、凄い締め付けだー』
『アッ!アッ!アーーーーーーーーッ!!!』
孜医頭(つとつのいのかみ)は、早苗が身を捩って声を上げるのを、目を細めて見つめながら、中に挿れた指をぐるぐると掻き回し始めた。
『チビーッ!』
名無しに組み伏せられる膝の下で、貴之が再び踠き暴れ出し…
『テメェーッ!殺す!殺す!ぶっ殺してやる!』
怒りにギラつかせた眼差しを孜医頭(つとむのくすのかみ)に向け、喚き散らした。
『もうよせ!十分だろう!』
名無しもまた、此処で解き放てば、本当に孜医頭(つおむのくすのかみ)を殺しかねない貴之を必死に押さえつけながら、声をあげた。
『早苗は、発育の遅い子なんだ!だのに、どう言うわけか、御祭神だけは他の子よりも発達し、子供ができやすい!だから、その身体(からだ)で、毎年、子を産む事になった!それが、どんなに苦しい事か、お前も医師(くすし)ならわかるだろー!!!』
すると…
『いいや、まだまだですわなー。』
登使主(のぼるのおみ)が側に寄るなり、名無しの耳元で囁きかけた。
『手緩い貴方様に、捧穂(ささげ)の務めを怠る兎神子(うさぎ)共の扱いをしっかり指南するよう、総宮社(ふさつみやしろ)の爺宮(おうみや)様より、しかと仰せつかっておりますでなー。』
『父上から…だと?』
『作用。それと、もう一つ…
もし、我らの指南をお拒みあそばされるなら、即座に崇儀会(あがめののりのえ)に計り、貴方様に不信任決議を出すように…とも…』
『何だと!』
『そのおりには、貴方様に替えて、康弘連(やすひろのむらじ)様の御嫡孫…康隆連(やすたかのむらじ)様を、本社宮司(もとつやしろのみやつかさ)に任命されるとも、承っておりまするわなー。』
登使主(のぼるのおみ)は、そう言って骸骨のような顔をにやけさせる傍ら…
『さあて…医頭(くすのかみ)殿にだけ、診察(みたて)を任せてはいられないぞ。』
『そうともよ。診察(みたて)が終わったら、大事な大事な床上げ式が待っているからな。』
『我らも、(みたて)を手伝ってやろう。』
それまで、周囲でニヤけながら眺めているだけだった神使(みさき)達が、口々に言いながら、早苗に群がっていた。
『相変わらず、参道の孔が小さいのう。』
神使(みさき)の一人が、尚も孜医頭(つとむのくすのかみ)が熱心に掻き回し続ける、早苗の参道を覗き込みながら言うと…
『よく、こんな小さな孔から、四羽も仔兎が出てこれたものだな。』
『どうりで…毎回、腹を切らなけりゃならんわけだ。』
また別の神使(みさき)達数人が口々に言い…
『どれどれ、五羽目はもう少し楽に出せるよう、もっと孔を大きくしてやらねばな。』
『これから、床上げ式で、二十人もの神使(みさき)達の穂柱を受け入れねばならんしな。』
二人の神使(みさき)は、そう言うなり、孜医頭(つとむのくすのかみ)の横から分け入るようにして、一緒になって、早苗の参道を掻き回し始めた。
『アァァーーーーーッ!!!!』
それまで、泣き叫びながらも、顎と背中を反らせて必死に耐えていた早苗は、遂に堪えきれず、苦痛から逃れようと暴れ出した。
すると…
『診察(みたて)てやってるんだ!』
『大人しくしろ!』
二人の神使(みさき)が、早苗の両腕を押さえてつけ…
『小さな胸して、よく乳が張ってるじゃないか。』
『飲み手を失って、さぞや辛かろう。』
『今、絞り出して楽にしてやるからな。』
別の神使(みさき)達が言いながら、乱暴に早苗の小さな胸の膨らみを鷲掴んで握り潰し…
『おお、よく出るよく出る。まるで噴水のようではないか。』
『どうだ?張りに張っていたお乳を絞り出されて、気持ち良いだろう。』
『こうすると、もっとよく絞れるぞ。』
一人の神使(みさき)が言うなり、鷲掴みにしていた胸の膨らみを、抓り捻りあげた。
『キャーーーーーーーッ!!!!』
耳を劈くような早苗の絶叫が、辺り一面に響き渡る。
その間…
『やめろ!やめろっ!テメェ!ぶち殺すぞ!』
貴之は、抑えつける私と、神使(みさき)達を交互に激しい憎悪の眼差しで睨みつけながら、咆哮するように喚き、踠き続けた。
『さあて、これだけ身体(からだ)も解れれば、床上げ式に出しても大丈夫だろう。』
やがて、孜医頭(つとむのくすのかみ)がそう言い、神使(みさき)達が漸く早苗の身体(からだ)を弄るのをやめると、早苗の悲鳴も止んだ。
ただ、未だ目を怒らせている貴之の殺気だけは、おさまるところを知らず…
『殺す!テメェら、全員、ブチ殺す!』
組み伏せる私の膝下で、喚き続けていた。
そこへ…
『さっきは、良くもやってくれたな。』
登使主(のぼるのおみ)は、骸骨のような顔一面に薄ら笑いを浮かべながら、貴之の前にやってくると、失禁で濡らした股間を突き出し…
『おまえのせいで、崇儀会(あがめののりのえ)用の正装袴が台無しだわなー。』
言うなり、神使(みさき)達に顎をしゃくり上げた。
すると、神使(みさき)達は、息も絶え絶えの早苗を引きずってきて、登使主(のぼるのおみ)の前に乱暴に押し倒し、四つ足にさせた。
『さあてと…』
登使主(のぼるのおみ)は、早苗の前髪を鷲掴んで顔を上げさせると、益々、骸骨のような顔一面に満足そうな笑みを浮かべ…
『あの乱暴者のおかげで、ほれ、この有様よ。』
貴之に突き出していた、失禁に濡れた股間を、今度は早苗の鼻先に突き出した。
『此奴、どうしてやるかの。掟に従えば、手足を切り落としてやる事になるわなー。まずは、糸鋸で指を一本ずつ、次には、竹鋸で関節ごとに、ゆっくり切り落としてゆきながらの。』
登使主(のぼるのおみ)が、早苗の頬を軽く叩きながら言うと…
『お許しください!お願いします!私、何でもします!お許し下さい!お許し下さい!タカ兄ちゃんをお許し下さい!』
『そうか、そうか、何でもすると言うのか。』
『はい!だから、タカ兄ちゃんを…タカ兄ちゃんを…』
蒼白になった早苗は、何度も何度も頭を下げ、涙目を向けて言った。
『それじゃあな…』
登使主(のぼるのおみ)は、骸骨のような顔をくしゃくしゃにして笑いながら、失禁に濡れた袴と褌を脱ぎ…
『此奴に汚されたところを、綺麗にしてもらおうかの。』
尿に塗れた穂柱を、早苗の顔に突き付けた。
『やめろ!やめろ!俺の腕でも、足でも、切れ!さっさと切り落としやがれ!』
貴之は、再び私の膝の下で踠き暴れながら、喚き散らした。
すると…
『タカ兄ちゃん、大丈夫よ。大丈夫だから、もう、お利口さんにして。』
早苗は、あの何とも幼く懐っこい笑みを貴之に傾けると…
『チビ…よせ、やめるんだ…』
『大丈夫。タカ兄ちゃんの事、お母さん、守ってあげる。』
そう言うなり、今度は登使主(のぼるのおみ)の顔を見上げ、突き出された尿塗れの穂柱に手を伸ばし…
『タカ兄ちゃんの事、許してくださいますか?私が、良い子にしたら、タカ兄ちゃんの手や足を、切らないで下さいますか?』
『ああ、許してやろうともよ。仔兎を四羽も産んで、社領(やしろのかなめ)に貢献したおまえの頼みとあらばな。此奴が汚したところを、おまえの舌と口で綺麗にし、今日から五羽目を生むよう励むと言うのなら、今度ばかりは、許してやるぞ。』
『ありがとうございます。私、一生懸命、頑張ります。』
貴之に見せたのと同じ、懐こい笑みを満面に浮かべて見せると、尿に塗れた穂柱に口を寄せ、丹念に舐め始めた。
そして、再び始まる、欲情する男達に身を委ねる日々…
そんな最中…
早苗はもう、子供の作れぬ身体(からだ)だと診断がくだされた。
いや…
名無しが、友人である医弁(くすのじょう)の義隆に強引に下して貰った。
当初、その診断は、神使(みさき)衆に退けられた。
早苗の身体(からだ)は、穂供(そなえ)にも、子供を作る事にも十分に耐えられると言う、孜医頭(つとむのいのかみ)の診察(みたて)が採用された。
そこで、名無しは中務卿(なかつかさのかみ)の河金丸信使主鱶見地金和邇雨割信(かわかねのまるのぶのおみふかみのただかねわにさめのかつのぶ)を動かした。
兼ねてより、名無しは河金丸信使主(かわかねのまるのぶのおみ)に、長年空位であった、大使主(おおおみ)の座を約束していた。
その彼に、盟友でありながら、内心憎悪している河曽根康弘連(かわそねのやすひろのむらじ)が、早苗の件で私の追い落としを図り、次の本社宮司(もとつやしろのみやつかさ)の座に、孫である康隆連(やすたかのむらじ)を就けようとしている事を仄めかした。
すると、義隆医弁(よしたかのくすのじょう)の診断(みたて)をあっさり支持し、孜医頭(つとむのくすのかみ)の診断(みたて)を退けるよう、河下登使主(かわしたののぼるのおみ)に圧力をかけた。
結果、孜医頭(つとむのくすのかみ)は、医頭(くすのかみ)の座を追われ、変わって、義隆医弁(よしたかのくすのじょう)が医頭(くすのかみ)となった。
名無しは、改めて、早苗に拾里に来るよう勧めた。
『子供が産めないと言っても、気に病む必要はないんだよ。ここで養生してるうちに、また、産めるようになるかも知れない。
ゆっくり養生しながら、身体(からだ)を治して行けば良い。その間に、美味しいものをいっぱい食べて、もっともっと、身体(からだ)を大きくするんだ。赤子ができても、大丈夫な身体(からだ)にするんだよ。
そのうち、二十歳を過ぎる。二十歳を過ぎたら、兎神子(うさぎ)は役目を解かれる。
その頃には…
どんなに成長が遅くて幼い身体(からだ)をしていても、大人の身体(からだ)になれる。もう、あんなに苦しまなくても、楽に赤子を埋めるようになる。
そうしたら、好きな人と結婚して、子供産んで、自分で育てる事が出来るんだよ。』
早苗の親友だった亜美は、いち早くこの話に飛びついた。
『そうしよう!ねえ、そうしようよ!
身体(からだ)、治らなくても良いよ。もう、たくさん産んだんだもん。もう、産めなくても良いじゃない。
大丈夫…しばらくは、みんなに会えないけど…そのうち、私も二十歳を過ぎたら、ここに来てあげる。サナちゃんの事、私が一生面倒見てあげる。』
『でも…』
『そこにはね、たーくさんの田んぼや畑があって、お米の他に、いろんな野菜を育ててるんだって。
人参、白菜、ほうれん草…
青ネギ、白ネギ、玉ねぎも育ててるんだってさ。
サナちゃん、ネギの花が大好きだよね。赤ちゃんのお顔みたいだって、指先で撫でてたじゃない。
私ね、昔から、大きな畑持つのが夢だったの。
小さなお家を建てて、サナちゃんと一緒に暮らして、毎日、畑を耕して暮らすの。
畑には、野菜の他に、沢山の薬草を植えて…
サナちゃんに美味しいものをいっぱい食べさせて、身体(からだ)に効く薬を調合して暮らすの。』
亜美が、まるで赤子を抱くように早苗を抱き、痩せ細った背中を撫でながら言うと…
『バカ言ってんじゃねえぞ、この鬼娘!』
いきなり割って入り、亜美を押し除ける貴之も、この話に飛びついた。
『チビを、アッちゃんに横取りさせるかっての!チビは、俺と暮らすんだよ!俺の嫁さんにして、俺と毎日良い事をして暮らすんだよ!』
『まあ!何言ってんの!あんたが、サナちゃんをこんな身体(からだ)にしたくせに!まだ、そんな事言って!この悪魔!ケダモノ!人でなし!サナちゃんは私と暮らすの!あんた何かに絶対渡さないだから!』
『うわっ!よせっ!痛え!何しやがる!この鬼娘!』
忽ち、真っ赤な顔した亜美に、フルスイングの薪木で頭を殴り付けられ、悲鳴を上げる貴之は…
『なあ、チビ。そこで、美味いもんたらふく食わせて貰ってよ、早くデカくなろうな。デカくなったら、俺が嫁さんに貰ってやるからよ、一緒に、おめえの大好きな赤ん坊、いっぱいこしらえような。』
早苗の顔を見るなり、あの獣じみた容貌からは想像つかぬような、懐こい笑みを満面に浮かべて言った。
『タカ兄ちゃん…』
早苗は、忽ち涙ぐんだ。
『良いの?私で良いの?私、もうボロボロだよ。』
『何、言ってやがんだよ!おめえ、もう、俺の子を一人生んだじゃねえか。その子を待つんだろう?
子供は、二親で育てんるんだよ。育てられねえで、待ってるんなら、二親で待ってやろう。
俺は、アッちゃんと違って、もっと早くここを出られる。でたら、真っ先におめえを迎えに行く。そうしたら、二人であの子を待とう。あの子に二人でオモチャやろうよ。』
貴之が言うと、早苗は、貴之の胸に抱かれてシクシク泣き出した。
しかし…
その矢先に、愛が皮剥を受け、赤兎に兎幣された。
『サナちゃん!見ないで!見ては駄目!』
皮剥の祭祀(まつり)が始まり、愛が大勢の男達が集まる前で着物を剥ぎ取られ始めると、亜美はすかさず早苗を抱きしめ、目と耳を覆った。
しかし、いよいよ全裸に剥かれた愛が、男達に次々と穂柱で参道を貫き抉られ始めると…
『アッ!アッ!アァーッ!痛い!痛い!痛い!キャーーーーーーーッ!』
愛は凄まじい絶叫をあげ、どんなに強く耳を塞がれても、早苗の耳に響いてきた。
早苗は、永遠にも感じられる長い時間、亜美の胸元がびしょ濡れになる程、泣き続けた。
『私、行かない。ここに残る。』
血まみれの股間を抑え、泣き噦る愛の肩を抱くと、早苗も一緒に泣きながら言った。
『サナちゃん…何、バカな事を言ってるの?もう、サナちゃんのお部屋も用意できてるのよ!』
亜美が血相変えて言うと、早苗は更に首を横に振った。
『私、行かない。愛ちゃんの側にいる。』
『サナちゃん、愛ちゃんの事は心配しなくて良い。私達が、ちゃんと…』
名無しも、喉がひりつき、枯れた声を必死に絞り出しながら、早苗の肩に手を置いた。
すると…
『それじゃあ、今すぐ、愛ちゃんに着物を着せてあげて下さい!裸で暮らすなんてさせないでください!』
早苗は、愛の肩を一層強く抱きしめながら、また、シクシク泣き出した。
『お願いします…愛ちゃんに着物を着せてあげて下さい!お願いします…お願いします…』
早苗は、毎日のように、朝な夕なに弄ばれる愛を抱きしめては、必死に哀願し続けた。
愛に着物を着せない限り、自分は何処にも行かないと言い張って、名無し達を困らせ続けた。
そして、ある日。
突然、愛が姿を眩ませた。
社(やしろ)は大騒ぎになった。
それでなくても、赤兎の定めで、度々、何処ぞの領民(かなめのたみ)に引っ張って行かれては、滅茶滅茶にされた姿で帰ってきていた。
今回も、何処で何されてるのかと気が気でなく、名無しも兎祇(うさぎ)達も、社領(やしろのかなめ)中駆け回って、愛を探し回った。
それが、何て事はない。
もう一度、社内(やしろのうち)を探してみれば、早苗の部屋の中から、愛の笑い声が聞こえてきた。
名無しは、ホッと息を吐いて、早苗の部屋に入った。
すると…
『親社(おやしろ)様…』
思わず、目をパチクリさせる愛を、早苗はグッと抱きしめて、哀願するような目を向けてきた。
愛は、着物を着せられていた。
『サナちゃん…これは?』
名無しは、肩で息をしながら、喉に詰まる声を絞り出すように尋ねた。
『親社(おやしろ)様、私が、着せてってお願いしたの…私が、どうしても着たいって、お願いしたから…だから…』
きっと、早苗が叱られる…
そう思って涙ぐみながら、名無しに謝る愛を、早苗は大きく首を振って一層強く胸に抱きしめた。
『親社(おやしろ)様、お願いします。社内(やしろのうち)だけで良いですから…私達以外、誰もいない時だけで良いですから…愛ちゃんに着物着せてあげてください。お願いします…お願いします。』
名無しは何も答えず、固く目を瞑って拳を握りしめた。
『サナちゃん…』
『チビ…』
名無しの後からやってきた兎祇(うさぎ)達も、口を開けたまま唖然と立ち尽くした。
『お願いします!私達といる時だけで良いですから…もう、ずっと着物きせてやって欲しい何て言いませんから…この子に着物を…愛ちゃんに…



美香ちゃんに着物、着せてあげて下さい!お願いします!』
『美香…ちゃん…』
早苗の口から、その名が出た瞬間…
兎神子(うさぎ)達は皆、押し黙り、あたりは森閑となった。
やがて…
智子が、早苗の隣に正座したかと思うと、床に額を擦り付けるように頭を下げた。
続けて…
亜美が…
和幸が…
貴之が…
そこに集まる皆が、黙って智子に続いた。
『わかった…』
名無しは、目を瞑ったまま、漸く口を開いて言った。
『赤兎に着物を着せる事は、神領(かむのかなめ)最大の禁忌だ。露見すれば、みんな、ただでは済まなくなる。私達以外、誰もいない時だけだ…
その代わり、サナちゃんも私の言う事を聞いてくれるね。』
『はい!』
皆が抱き合って喜ぶ中、早苗は目に涙を溜めたまま、満面の笑みで、拾里に来る事を承知した。
ところが、皮肉にも、その直後に、早苗は最後の子を妊娠してる事が発覚したのである。
「綺麗ねー。」
小屋をでて、田畑の間に点在する他の小屋に、雪が積もってるのを見て、菜穂は、また嘆息した。
「見せてあげたかったなー、サナ姉ちゃんに…
ねえ、カズ兄ちゃん。」
「そうだね…」
あどけない笑顔を向ける菜穂に、穏やかな笑みを返す和幸は、しかし別の光景を思い浮かべていた。
折しも、そこに、身体(からだ)の弱い妻を労りながら、冬畑の手入を続ける農夫の姿があった。
「見なよ、タカの奴、ちゃんとサナちゃんの面倒見てるだろ…」
ふと、和幸は、農夫の姿を見つめながら、誰にともなく呟いた。
「あいつ、ああ見えて、面倒見が良いんだ。アッちゃんにも、早く見せてやりたいな…」
しかし、振り向くそこに誰の姿もなく…
「こんにちわー。可愛いお嬢さんだねー、何処からきたの?」
「こんにちわー。鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)から来ましたー。」
雪掻きをする中年女性に声をかけられた菜穂が、手を振り答え、側に駆け寄り手伝い始めたていた。
恥ずかしがり屋で大人しい子だが、いざ、誰かに話しかけられれば、実に人懐こい子なのである。
忽ち、周囲のおじさんやおばさん、お兄さんやお姉さん達とも打ち解けて、みんなの話を聞いていた。
「サナちゃんも、ここに連れてきてあげたかった…トモちゃんも、そう言ってました。」
和幸は、皆と楽しそうに雪かきをする菜穂を、笑顔で見つめつつ、次第に目を憂いに滲ませて言った。
『サナちゃんも、ここに連れてきてあげたかったな…』
もう、殆ど起き上がる事も出来ず、はっきり目を覚ましているのも稀になった頃。
度々、智子は譫言のように同じ言葉を繰り返していた。
『愛ちゃん…着物、着せて貰ったのね…良かったねー…可愛いよ…可愛いよ…』
『美香ちゃん…私とカズちゃんとお揃い法被だね…三人で、お祭りに行こうね…』
智子は、夢と現実の見分けがつかなくなり、目を半開きにしてる時でも、寝言とも魘されてるともつかない言葉を繰り返していた。
『ここは、良いところね…本当に良いところ…サナちゃんも連れてきてあげたかったな…サナちゃんにも、ご飯食べさせてあげたかった…オシメ、取り替えてあげたかった…』
『何言ってるんだ。サナちゃんなら、岩戸屋敷で寝てるじゃないか。』
和幸が、智子の手を取って言うと…
『そうか…あの子、寝てるんだったね…』
『そうだよ。毎日、タカの奴に甘えながらな。』
『タカちゃん、少しはオムツの付け方、上手になれた?』
『まさか。不器用なアイツが、一生かけても上手くなれないさ。
毎日、慣れない手つきで、サナちゃんのオシメ替えちゃあ、ちゃんと当てられなくて、布団をずぶ濡れにさせてるよ。』
『まあ…それじゃあ、早く行って、オシメの当て方、教えてあげないと…また、アッちゃんに叱られる…』
『その心配ならいらないよ。サナちゃん、何をやっても不器用なタカを心配して、早く元気になろうって、頑張ってね…
今じゃあ、起きて、一人で歩けるくらいになったよ。』
『良かった…もう、安心ね。』
『どうだかな…タカの奴、サナちゃんが少し元気になるや、サナちゃんの布団に潜り込み出したよ。』
『それじゃあ…』
『毎晩、二人でよろしく…だよ。そのうち、また、アッちゃんにぶん殴られるさ。』
『まあ、大変…』
智子は、現実と見分けの付かなくなった夢の中で、クスクスと笑い出した。
そして…
『私達も…しよ…タカちゃんとサナちゃんのように…』
智子が空な眼差しを向けて、ニッコリ笑って言うと…
『そうだね、しようっか。』
和幸も、ニッコリ笑って答えると、智子の寝巻きを脱がせ、自分も裸になると、優しく抱き上げ、唇を重ねた。
『アァ…アァ…アァ…』
和幸が首筋から肩、胸にかけて唇と舌先をゆっくり這わせながら、股間の神門(みと)を撫で出すと、智子は、うっとりと喘ぎだす。
その喘ぎは、まるで幼児のような胸に近づくにつれて、少しずつ大きく軽やかになり…
やがて、和幸に小さな乳首を吸われ出すと…
『アン…アン…アン…アーンッ…』
赤子の甘えるような声に変わっていった。
和幸は、智子の股間を弄りながら、少しずつ神門(みと)が湿り出すのを感じる。
『カズちゃん…来て…早く…早く…私の中に…』
『うん、今行くよ。』
和幸は、智子が求めて力なく挙げる手を取ると、ゆっくりと智子の拡げた脚の間に腰を沈め、穂柱を神門(みと)に触れさせる。
無論、御祭神を悪性腫瘍に侵され尽くし、ボロボロになっている智子と、最後まで交わる事などできはしない。
まだ、意識がはっきりしていた頃は、その度に、智子は泣きじゃくっていた。
幼くして御祭神が破壊され、和幸の為に子供を産んでやれないばかりか、女として受け入れる事もできない。
女の子に産まれてきた意味がないと、泣き続けていた。
しかし…
意識が混濁してくると…
『アッ…アッ…アッ…アッ…』
和幸が、ただ、神門(みと)の縦線に穂柱を擦り付けてるだけなのを、重なりあっているものと思い込み、心地良さそうな声をあげ…
『アーーーーーンッ…』
下腹部の上に白穂が放たれると、二人の絶頂を迎えたのだと、充足し切った笑みを満面に浮かべながら、和幸の胸に顔を埋めた。
そして…
『ああ…カズちゃんの白穂…カズちゃんの温もり…』
智子は、下腹部を濡らす和幸の白穂を手で拭い挙げると、いつまでも愛しげに眺め続けた。
『私の御祭神の中で、赤ちゃんにしてあげたい…赤ちゃんにして、もう一度、お外に出してあげたい。』
『良いんだよ。例え、赤子になれなくても、もう一度、外に出られなくても…
トモちゃんの中に居られれば、幸せなんだよ。』
『幸せ?』
『そう、僕は幸せだ。赤子ができなくても、何もできなくても良い。トモちゃんが此処にいてくれたら…トモちゃんの温もりを感じられれば、僕は幸せだよ。』
『カズちゃん…』
『トモちゃんは…どお?トモちゃんは、僕と一緒にいるだけじゃ、幸せになれない?』
『私は…私には、資格がない…幸せになんて、なる資格が…』
「資格なんて、関係ないさ。」
和幸は、今はもう、そこにはない手を、もう一度握りしめる仕草をしながら言った。
「僕は、トモちゃんを幸せにしたい…トモちゃんに、幸せになって欲しい。
ダメ?僕と一緒にいるだけでは、幸せになれない?僕では、トモちゃんを幸せにできないの?」
「トモちゃんは、幸せだったよ。」
名無しは、何も答えぬ智子の面影に、尚も問いかけ続ける和幸の肩に手を乗せて言った。
「親社(おやしろ)様…」
「トモちゃんは、幸せだったんだよ。」
名無しがもう一度言うと、和幸は少し救われたような笑みを浮かべて頷いた。
ふと見ると、岩屋谷の人々と雪かき続けながら、何を言われたのか、菜穂は頬を赤くしてクスクス笑っていた。
「今度は、あの子の番だ。」
名無しが言うと、和幸はもう一度、大きく息を吐いて頷いた。