兎祇物語

創作小説を掲載します。

慰坂

兎祇物語

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紅兎

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惜別編

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(2)慰坂

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兎喪(うさも)岬の断崖を後にして、鱶見社領(ふかみのやしろのかなめ)外れの道をまっすぐ歩いて行くと、やがて、平坂峠に繋がる慰坂(なぐさみのさか)に入った。かつて、この坂は、黄泉津坂(よもつさか)と呼ばれた。名の由来は、子を産めなくなった兎祇(うさぎ)は、死んだ者として、坂を登り、東洋水山地黄泉津山脈の山中に捨てた事に由来する。長じて、障害を負って生まれた者、難病を患った者、酷い時代では、結婚して三年経っても子を為さなかった女は、兎祇(うさぎ)でなくとも、山中に捨てられた時代もあったと言う。
顕支国天領(うつしのくにあめのかなめ)では、戦国と呼ばれた時代…
子を産めなくなった女性…特に、性技にたけた兎祇(うさぎ)達は、若ければ異国(ことつくに)に高く売りつけられるようになった。その為、彼女達を山中に捨てる事はしなくなった。
顕支国天領(うつしのくにあめのかなめ)では、帝国を名乗った時代。
顕支国(うつしのくに)が異国(ことつくに)との戦争に明け暮れるようになると、子を産めなくなった兎祇(うさぎ)達は、軍部が高く買い上げるようになった。名目上は、軍人達の慰撫が目的であったが、実際は、神職家(みしきのいえ)に絶対服従する兎祇(うさぎ)達を、戦地・植民地の監視・諜報に使う事が目的であったと言われる。
故に、少なくとも、当人達は慰み者となる事が目的と思ってこの坂を越えて行った事から、慰坂(なぐさみのさか)と呼ばれるようになった。
兎祇(うさぎ)達に憎しみや怨念はない。そんな思いを抱く事すらできぬほど、恐怖に縛られていたからだ。
あるのは、計り知れぬ程の慟哭だけであった。
山林の木々は既に枯れ果てている。
頬を掠める粉雪混じりの風は、葉のない枝々を揺らし、得も言われぬ音を立てている。
それは、何処か枯れ果てた声で哭く女の声にも似ていた。
「怖いか?」
「ううん…」
和幸に齧り付く菜穂は、大きく首を振った。
「なんか、とても悲しい…」
「そう…悲しみに満ちた所だからね。」
和幸が言うと、菜穂は唇を噛み締め、私を見つめた。
和幸もまた、私を見つめる。
名無しは、和幸の視線を感じながら、鱶見社領本社(ふかみのもとつやしろ)に奉職して間もない頃の事を思い出す。
四年前のある夜…
更に一年前、凍死して投げ捨てられたと言う赤兎の事を思い、兎喪(うさも)岬に佇み、海の彼方を眺めやっていた。
童(わらべ)衆…
『違う…』
ただならぬ殺気を感じながら、名無しは思った。
『童(わらべ)衆なら、殺気は放たない…彼らには、感情と言うものはない…』
相手は二人…
しかし、何処にいるのであろう…
私は、左手をゆっくり腰にさす居合刀…胴狸(どうたぬき)にかけた。
気持ちを落ち着け、静かに呼吸を整える。
やがて…
サッと後ろに交わす名無しの前を、一陣の風が切る。
紅い兎の仮面を被った青装束の男…
いや、女か…
仮面の穴から覗かせる目元は、どう見ても女の目だ。
右手には閉じた鉄扇…
折り目は、剃刀の如き刃となっていた。
間一髪、名無しの頭は真っ二つに切り裂かれるところであった。
青装束は、更に左手を懐に忍ばせ、もう一本の鉄扇を抜き放つ。
今度は突き…
突先から、小刀の刃が飛び出し、私の心臓を狙う。
『注連縄衆(しめなわしゅう)か!』
交わしざま、私が声を上げると、青装束はものも言わず両手の扇子を開いた。
月影が、二枚の鉄扇を軽やかに仰ぎながら舞う青装束を映し出す。
神楽舞…
『朧流飛燕剣神楽乱舞殺(おぼろりゅうひえんけんかぐららんぶさつ)…
朧(おぼろ)衆!馬鹿な…』
青装束は、更に激しい殺気を放ち、クルクル舞いながら近づいてくる。
軽やかにして、見事な舞。風にそよぐアゲハにも似た美しさだ。
しかし、見とれてる余裕はない。
一見、優雅に見えるが、凄まじい速さで、鉄扇の切っ先を振りかざしてくる。
一瞬でも気を抜けば、間違いなく名無しの首は飛ぶだろう。
それでいて、ヒラヒラ舞い上がる羽毛の如く軽やかな身のこなしは、全く捉えどころなく、反撃の隙を与えない。
名無しは、右に左に交わしながら、心落ち着け静かに呼吸を整える。
捉えた!
名無しは、右の鉄扇が真一文字に凪られると、後方に飛んで交わし、左手の柄を下向きに構え、右手を広げて目を瞑る。
青装束は、鉄扇を閉じると、飛燕の翼の如き構えをとり、冷たく冴える憎悪の眼差しを向けた。
時が止まる。
双方、静止したまま向き合い、どれほど経った頃の事だろう…
張り詰めた二人の間に、一陣の風がこの葉を駆って吹き抜けた。
次の刹那…
青装束は、飛燕のごとき構えをとったまま、一気に駆けて向かってきた。
名無しは間合いを図りながら、右手を胴狸の柄に向けてゆく。
真正面…
名無しは、抜くと見せかけ、右手甲を柄にのせる。
青装束もまた、切りつけると見せかけ、両鉄扇を上段に掲げて、頭上高く舞い上がった。
月影が、蝶の如く舞い上がる青装束を照らしだす。
剃刀の如き鉄扇の折り目が、名無しの額を狙う…
と、思いきや、素早く逆手に持ち替え、先端から突き出た短刀の切っ先が、名無しの喉笛を狙った。
やはり、そう来たか…
名無しは、後ろに飛び交わし様、柄の上に乗せた甲を返し、胴狸を鞘走らせた。
青装束の仮面が割れた。
『君は…』
そこに現れたのは、面長の頬に切れ長の眼差し…
美少女…
そうとしか言いようのない、妖しいまでの美しい顔であった。
『和幸君…』
言い終える間も無く…
『不覚!』
音もなく、何処からとなく投げ放たれた釣り糸が、私の首と両手首に一本ずつ巻きつき、同時に、分銅となる釣針が、肉を突き刺し抉る…
敢えて強烈な殺気を放ち、もう一人の気配を断つ…
初歩的な手に嵌められるとは…
釣り糸は、ゆっくり緩慢に、私の首と両手首を締め上げ、肉を抉る釣針は、少しずつ肉を切り裂いて行く。
『グッ…ググッ…ウゥッ…』
名無しは、踠きながら、青装束を真っ直ぐに見据えた。
本社(もとつやしろ)に奉職して日が浅い名無しは、彼と言う少年をさほど知ってるわけではない…
穏やかで、面倒見がよく、年下の兎祇(うさぎ)達から慕われていた。
しかし…
その彼が、目の前で踠き苦しみながら殺されようとする者を、顔色変えず見つめている。
迸る殺意とは裏腹に、その表情は物静かで、怒りと憎悪に歪む様子もない。
あるいは、興にいり笑っている風でもない。
ただ、見つめる眼差しが、異様に冷たく光っている。
これが、残酷な殺人を目前にする十五の少年の目か…
『ググッ…』
更に、釣り糸が首と両手首を締め上げて行く。息がつまり、声が出ない。変色した手が痺れ、刀を握る力も失せて行く。
しかし…
肉を抉り、僅かずつ肉を切り裂いて行く釣針の痛みが、意識を失う事を許さない。
最後の一瞬まで、言葉に尽くせぬ苦しみと激痛を味合わせようと言うのだろう。
身動きできぬ体をなんとか捩り、後方を見る。
華奢で女性のように繊細な体躯の青装束とは対照的に、ガッシリした体躯…
やはり紅い兎の仮面を被る黒装束の男が、糸をゆっくり手繰り寄せながら、私を睨み据えていた。
冷たく光る青装束の目とは逆に、怒りと憎悪に燃えていた。
『苦しいか…もっと苦め…存分に苦しめ…お前達に嬲りものにされた兎祇(うさぎ)達の痛みと苦しみを思い知れ…』
黒装束は、地獄の底から響くような、不気味に図太い声で言い放つ。
そう言う事か…
名無しは、相変わらず冷たく光る青装束の眼差しを、静かに見つめ返すと刀を投げ捨て目を瞑った。
存分にやると良い…
瞼には、これまで、目の前で嬲り者にされてきた兎祇(うさぎ)達の姿が走馬灯のように浮かんでくる。
連日、休みなく入れ替わり立ち替わり男達の相手をさせられる白兎と黒兎達。
大勢の人前で全裸にされ、羞恥を訴える事も身体(からだ)を隠す事も許されぬ赤兎達…
絢爛なる金箔障壁画に彩られた、異様に雅で広い部屋…
中央に敷かれた、大の大人が軽く五人並んで眠れそうな赤い布団の上で、十歳にも満たぬ幼い全裸の少女が寝かされている。
『百合ちゃん…』
名無しは、幻影に手を伸ばしながら、声を発しようとする。
しかし…
更に締め上げる、首に食い込む釣り糸に妨げられ、喉元から先に声は出ない…
『やれ!』
名無しの後ろに立つ厳つい男が一声上げると、布団の周囲を囲んでいた男達は袴と褌を脱ぐと、一斉に猥雑な眼差しを、少女に向けた。
『アァァ…アァァ…アァァ…』
少女は、目にいっぱい涙を浮かべて、近づく男達に嫌々をする。
しかし、男達は躊躇なく舌舐めずりをしながら、少女に近づいて行った。
『やめろ…やめろ…』
次第に遠のく意識の中…
名無しは必死に叫ぼうとする…
しかし、それを遮るのは…
名無しの後ろに立つ男なのか…
名無しの首を締め付ける釣糸か…
取り囲む男の一人が、少女の脚を開かせ、まだ萌芽の兆しもない白桃色した神門(みと)のワレメに、乱暴に指を捻り込んでゆく。
『ウッ!ウゥゥゥーッ!ウゥゥゥーッ!』
少女は、顎を大きく逸らし、腰を浮かせながら呻き声を上げた。
男は構うことなく、神門(みと)のワレメに捩込んだ指先で、参道を掻き回し始めた。
『ウゥゥゥゥーーーッ!!!!』
少女は、一層呻きをあげながら、大きく腰を浮かせてゆく。
抵抗するどころか、声に出して苦痛を訴える事も許されない。
それでも、両眼から溢れる涙を抑える事は出来ず、両頬をぐっしょり濡らしている。
新たに二人の男が百合の側に寄ると、小さな三角形に膨らみ始めた胸を、両脇から伸ばす手で、思い切り鷲掴んだ。
『アァァァァーーーーーーーーーッ』
遂に堪えきれなくなった少女は、凄まじい絶叫を上げた。
二人の男は、身を捩り、首を振り立てて声を上げる少女に、一片の憐憫をかける事なく、小さな乳房のシコリを掴む指先に、グリグリと力をこめてゆく。
『アァァァァーーーーーッ!アァァァァーーーーッ!アァァーーーーーッ!!!!』
少女は、一段と激しく首を振り立てながら、声をあげようとすると…
『ウグッ!』
突如、頭上にいた男に、黒光にそそり勃った穂柱を口に捻り込まれて遮られた。
それを見るや、少女の参道を掻き回していた男は、神門(みと)から指を引き抜き、自身の黒光する穂柱を、少女の神門(みと)のワレメに近づけた。
『ウググググーッ!』
声をあげたくてもあげられぬ少女は、太刀魚の如く全身を左右に捩らせ、跳ね上げた。
『ウッ…ウッ…ウッ…ウッ…』
『フゥッ…フゥッ…フゥッ…フゥッ…』
穂柱で小さな参道を抉る男と口腔内に捻り込む男は、苦悶にのたうち回る少女とは真逆に、恍惚とした顔で喘ぎながら、激しく腰を動かしてゆく。
やがて…
『ウグゥゥゥゥーーーーーッ!!!!』
『ウゥゥーッ!』
『フゥゥーッ!』
一際高く腰を跳ね上げ呻く少女の呻きと、小さな口と参道に向けて腰を突き出す二人の男の喘ぎが交差した瞬間…
三人の動きが止まった。
『グフッ…グフッ…グフッ…』
少女が頬に涙を溢れさせ、苦しそうにむせ込むのとは真逆に、二人の男は臀部を引き攣らせながら、一層恍惚とした頬を緩ませてゆく。
『ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!』
漸く二人の男が、口と参道から穂柱を外すと、少女は激しく咳き込みながら、大量の白穂を吐き出し、股間からは血の混じった白穂を滴らせた。
しかし、それで終わりではなかった。
二人の男が終われば、また二人の新たな男が百合の口と参道を貫き、終わった男は、萎えた穂柱を復活させるべく、百合の手に握らせて扱かせる。
『ウグゥゥゥゥーーーッ!!!ウグゥゥゥゥーーー!!!ウグゥゥゥゥーーーっ!!!』
『ウッ…ウッ…ウッ…ウッ…』
『フゥッ…フゥッ…フゥッ…』
それは、何刻繰り返された事だろう…
永遠とも思われる時間、苦悶に満ちた少女の呻きと、口と参道を貫く男達の喘ぎが交差する中…
名無しは、堪えきれずに目を背けると…
『何処を見てる!』
後ろに立つ男は、名無しの髪を掴み上げ、無理やり少女の方に目を向けさせた。
『次は、おまえの番だ。』
後ろの男が言うなり、その時、少女の股間を貫いていた男は、穂柱を参道から引き抜くと、少女は左右の男達に押さえつけられ、名無しの方に向けて脚を広げさせた。
血と白穂に塗れ…
付根の裂けた神門(みと)のワレメ…
名無しの後ろに立っていた男が、指先で開くと、参道の肉壁一面が赤剥けに剥離している。
『やれ!』
後ろに立つ男は、無理やり私の袴と褌を引き剥がすと、百合の前に突き飛ばした。
『百合ちゃん….』
釣り糸は更に首と両手首を締め上げ肉に食い込み、釣針は首と手首周り四分の一まで切り裂いていた。
流れでる生暖かな血潮…
全身の孔が開き出すのを感じながら、あの日の光景が、更に鮮明に脳裏に映し出されてゆく。
私の下で、それまで十人の男達に、交代で口と参道を抉られていた赤兎の少女が、顎と背中を剃らせ、白くなる程拳を握り、爪先を突っ張らせて呻き続けている。
あの後…
血塗れの小さな参道を、どれだけ貫いた事だろう…
傷だらけの小さな御祭神に、どれだけ白穂を放った事だろう…
踠き苦しみ、汚物を垂れ流して死ぬ…
今の私にこれ程相応しい死に方はない。
醜く汚れきった人生の幕を閉じるのに、これ程相応しい最後はない。
名無しが、緩慢に忍び寄る死の苦しみを噛み締めながら思い定めた時…
『タカッ、やめろ!』
それまで、一言も声を発さなかった青装束が、黒装束に向かって言い放った。
『もう、やめるんだ!』
菜穂は、ジッと私を見つめる和幸の顔を、涙目で見上げながら、その腕に噛り付いていた。
菜穂は、まだ知らない。
和幸と貴之のもう一つの顔を…
勿論…昔、名無しとどんな事があったかも知らない。
ただ…
名無しと和幸の間に漂う、尋常でない緊張感が、菜穂を不安がらせていたのだろう。
いや…
胸を痛めていたと言うべきかも知れない。
菜穂の知る和幸は、いつも優しく穏やかで、気品に満ちた笑みをたたえていた。
何処かお日様のように朗らかな男であった。
その彼が、名無しに向けて、異様に冷たく光った眼差しを向けているのだ。
「この辺で良いだろう。」
名無しは、頃合いを見て、立ち止まって言った。
和幸も立ち止まる。
「カズ君、君の思いを存分に晴らすと良い。」
名無しが言うと、和幸は懐に右手を忍ばせた。
鉄扇…
名無しは、もう躱すつもりはない。
菜穂は、不安そうに和幸の腕に噛り付いた。
「ナッちゃん、少し離れていてくれないか?これから起きる事に、目を瞑っていて欲しい。」
「親社(おやしろ)様、何が始まるの?ねえ、何が始まるの?」
「何でもない。ただ、カズ君と二人だけで話したい。すぐに終わるよ。」
名無しが言うと、菜穂は涙目で首を横に振った。
「嫌よ…嫌、嫌…私、離れたくない…」
「ナッちゃん、良い子だから、言う事きくんだ。すぐに終わるから。」
和幸は、静かに目を閉じ、大きく一つ息をついた。
菜穂は、一層強く和幸に噛り付いた。
「ナッちゃん、さあ、少しだけ…」
「行く必要はないよ…」
和幸は、不意に口を開いた。
「何処にも行く必要はない。」
そう言って、目を開くと、菜穂に優しげな笑みを浮かべた。
「カズ君。」
和幸は、菜穂に大きく頷いて見せると、齧り付く手を離させ、ゆっくり私に近づいた。
「親社(おやしろ)様、これを…」
懐から手を出すと、鉄扇ではなく、手巾を一枚握りしめられていた。
紫陽花の刺繍が施された手巾…
名無しが、昔、智子にあげたものだ。
「泣きたい時は、泣けば良い…」
和幸は、遠くを見つめながら、何かを諳んじるように言った。
「痛みや悲しみを堪える必要はない。泣いた分だけ、明日はきっと明るくなる。
どんな大雨も、いつかはやむ。やめば、空は晴れ渡る。
君は、野末を彩る紫陽花のようだ…
雨に濡れた紫陽花は、明るい日差しに照らされると、鮮やかな光彩を放って美しい…」
暗唱し終えると、遠くを見つめていた眼差しを名無しに向けた。
「トモちゃんは、親社(おやしろ)様の言葉を、ずっと支えにしていたと言ってました。
親社(おやしろ)様の言葉があったから、最後の一日まで生きる力を持てたそうです。
だから、これを渡す時、今度は親社(おやしろ)様に、同じ言葉を返して欲しいと言っていました。」
智子の手巾を差し出す時…
和幸の私を見つめる眼差しに、最早、冷たい光はなくなり、かつてと同じ、穏やかで気品に満ちた、暖かな眼差しに戻っていた。