兎祇物語

創作小説を掲載します。

哭祠

兎祇物語

f:id:satyrus_pan:20230821154732j:image

紅兎
f:id:satyrus_pan:20230821155045j:image

惜別編

f:id:satyrus_pan:20230821161317j:image

(3)哭祠
f:id:satyrus_pan:20230821155058j:image

慰坂(なぐさみさか)の頂きには、括祠(くくりぼこら)と呼ばれる小屋がある。
由来は、山中に捨てられる者と捨てる家族が、ここで最後の一夜を共にした時、今生の別れを祠の神に告げ、覚悟を決めた事に由来する。
しかし…
実際のところはそうではない。神領(かむのかなめ)の掟により、家族を捨てなければならなかった者が、捨てられる者と抱き合い、枯れ果てる程に涙を流した祠である。
中には、どうしても家族を捨てる事のできない者もいる。
すると、領境(かなめのさかい)を監視する忍…童(わらべ)衆が姿を現し、その未練を断つべく、家族の見ている目の前で、捨られるべき者を殺戮したのも、この祠であった。
故に、巷では哭祠(なきぼこら)と呼ばれている。
菜穂が囲炉裏に火をつけると、和幸は行李からダシ用の煮干しと米と味噌を取り出し、鍋でグツグツ煮込み、道すがら採集した野草や木の実、キノコを切り始める。すると、傍で菜穂が椀や小皿を出し、腰に吊るした袋から、大根や蕪の漬物を取り出して、切り分けた。
和幸は、具材を順に鍋に入れながら、時折、木匙にとって、味見する。
すると…
「アーン。」
菜穂が、和幸の方を向き、甘えるような声を出して大口をあけた。
和幸は笑みを浮かべて、その口に、もう一匙とって入れてやる。
「美味しい。」
肩を窄めて笑いながら言うと、今度は菜穂が木匙にとって、和幸の口に入れてやる。
二人は、しばし、それを繰り返した。
「二人とも、仲が良いのは構わんが、私の分はちゃんと残してくれるのかな?」
名無しが、軽く咳払いして言うと…
「ごめんなさーい。」
菜穂は、肩を窄めて、クスクス笑いながら、漸く椀に装って名無しに差し出した。
和幸は、愛しそうに菜穂を見つめながら、小皿に小分けされた漬物を配りだす。
二人が、こうして食事の支度をする姿を見るのは、何年ぶりになるのだろうか…
名無しは、和幸と菜穂のやり取りを見つめながら、ふと思う。
此処に料理頭の由香里がいて、喋ってばかりの朱理、つまみ食いばかりの雪絵と竜也、料理とは何の関係のないお菓子ばかり作る政樹と茜…
みんなも居てくれたら、もっと明るい食卓になりそうなものを…
和幸と菜穂が、御膳を前に言葉を交わす事はあまり無い。
菜穂は、ただ、そうするのが嬉しくてたまらないと言うように、甲斐甲斐しく、私と和幸の給仕をし、和幸は、そうする菜穂の姿を、愛しそうに見つめている。
あと、五年か…
名無しは、また思う。
五年待てば、菜穂は兎祇(うさぎ)を解かれ、晴れて和幸と夫婦になれる。
その間、まだまだ辛い事が続くだろう。
どれだけの男が菜穂の上を通り抜け、自分で育てる事の出来ぬ子を、何人産む事になるのだろうか。
それでも、晴れて自由の身になれば、和幸と本当の夫婦になれる。
しかし…
どんなに時が経ち、耐え忍んでも、決してその日の訪れぬ者もいる。
夜が更け…
和幸と菜穂が、仲良く肩を並べて寝入った後も、名無しはなかなか寝付けなかった。
『愛ちゃん…』
目を瞑れば、胸を割かれるような光景ばかりが、瞼の裏に蘇る。
朝な夕な、領内(かなめのうち)の好き者達に弄ばれる愛の姿…
その時、愛が漏らす呻き声…
本来、兎祇園(うさぎ)と子兎祇(こうさぎ)に差し出される兎神家(うさみのいえ)の子供達は、学舎(まなびのいえ)に通わない事になっている。
しかし、赤兎は通わさせられた。
学ぶ為ではない。
子供達に、穂供(そなえ)の学品(まなびのしな)にされる為である。
学舎(まなびのいえ)に着くなり、教卓の上に寝かされ、教導師(みちのし)の指導の元、代わる代わる学徒(まなびのともがら)達に身体(からだ)を弄り回される事から、穂供(そなえ)の学(まなび)は始まる。
(からだ)を弄り回され、学(まなび)が終われば、教導師(みちのし)と学徒(まなびのともがら)達の求めるままに、身体(からだ)を開かねばならず、少しでも拒めば、どんな仕置きをするのも、教導師(みちのし)に任されていた。
学舎(まなびのいえ)が終われば、帰りの道すがら、領内(かなめのうち)の男達が、行く先々で待ち構えている。
赤兎は、必ず学(まなび)の前までに学舎(まなびのいえ)に辿りつかねばならぬ事になっており、行途(ゆくみち)を妨げる事は、誰も許されていない。
しかし、帰途(かえりみち)には、赤兎に誰が何をしても構わない事になっていた。
仕事帰りの男達は、赤兎の帰途姿(かえりみちすがた)を見かけては、一杯呑むような感覚で殺到し、よってたかって弄んだ。
全裸で学舎(まなびのいえ)に通わされては、何処で誰に何をされてきたのだろう…
『愛ちゃん!』
夕闇近く、身体(からだ)をふらつかせ、息も絶え絶えに帰ってくる愛は、見るも無残な姿になっていた。
『親社(おやしろ)様…』
駆け寄る名無しの胸に、愛の小さな身体(からだ)がくずおれる。
『寒かったろう。風呂、沸いているぞ。中に入ろう。』
言いながら、愛を抱きしめる腕の中から、尿臭混じりの強烈な異臭が、鼻をついてくる。
特に…
『駄目…私、入れない…』
名無しを押し除けながら、か細い声で言う愛の口腔内から発する異臭が凄まじい。
一体、何十人の穂柱を咥えさせられたのだろう。
兎祇(うさぎ)が、田打で最初に仕込まれる事の一つに、口に捻り込まれた穂柱を噛まない事と、中に放たれた白穂を飲み込む事がある。
愛もまた、七つの時から、連日、父をはじめとする、家の男達の穂柱を口に捻り込まれ、徹底的に仕込まれていた。
その時、少しでも歯をたて、放たれた白穂を吐き出せば、酷い仕置きを受けたものである。
今では、どんなに穂柱を捻り込まれ、放たれても、一滴余さず白穂を飲み干せるようになっていた。
にも、関わらず、小さな口に収まり切らず、溢れ出た白穂が、口元にこびりついている。
『何を言ってるんだ。みんな、愛ちゃんを洗って、手当てしようと待っているぞ。』
『駄目よ…駄目…赤兎は、御贄倉の土間から上に上がってはいけないって…お父さんに…
それに…』
『それに?』
『私…穢い…穢い…穢れてる…』
愛は、同じ言葉を繰り返しながら、失せた力を振り絞って、尚も私を押しのけようとする。
『穢いものか!穢れてなんかいるものか!』
名無しは、思わず声を上げると…
『愛ちゃんは、良い子だ、可愛い子だ。』
一層、強く抱きしめ、飲み込み切れぬ白穂に塗れた唇に、私の唇を重ねた。
『親社(おやしろ)様…』
愛は、私を押し除けようとする力も遂に尽き果てると、名無しを見つめ返す目から、ハラハラと涙を溢れさせた。
『愛ちゃん、寝ようっか。』
『うん。』
夜更け…
赤兎は、眠る時、どんなに寒くても、掛け物を掛ける事は許されない。蹲って寝る事すら許されない。
身体(からだ)を隠す行為は、どんな些細な事であっても許されないのだ。
ならば…
名無しは、愛を部屋に入れると、何も着せてやれない、掛けてやれない代わりに、自分も着物を脱ぎ、全裸になって愛を抱き締め眠りにつく。
『愛ちゃん、暖かい?』
名無しが、肌で温めてやりながら、愛の頭を撫でると…
『うん、あったかーい。』
愛は、クスクス笑いながら、私の胸に顔を埋め、眠りについた。
それは、数多の男達に弄ばれる地獄のような一日の中で、束の間、愛が安らかな顔を見せる時。
普通の九歳の女の子と同じ、幼く無邪気な寝顔を見せる時。
名無しもまた、そんな愛の寝顔に、少しだけ安らかなものを感じながら、浅い眠りについた。
最も…
そんな、浅い眠りも長くは続かない。
『ウゥゥゥゥーッ…ウゥゥゥゥーッ…ウゥゥゥゥーッ…』
腕の中から漏れ聞こえる、絞り出すような声に目覚まされる。
『愛ちゃん、痛むのか?』
『ううん…平気…大丈夫…』
苦悶に歪んだ顔に、必死に笑みを浮かべて首を振る愛は、しかし…
『ウゥゥゥゥーッ…』
また、硬く眼を瞑り、全身を小さく強張らせて呻きだす。
一日中、小さな身体(からだ)で、数え切れぬ程の男達に、絶え間なく貫かれ、傷だらけの参道に激痛が走り続けているのだろう。
それでも、決して身体(からだ)を隠してはならぬと、実の父親に仕込まれてきた愛は、股間を抑えようとしないのが痛々しい。
『愛ちゃん、脚を拡げて。アッちゃんの軟膏を塗ってやろう。』
『うん。』
名無しは、手にした軟膏を塗るべく、愛の真っ赤に腫れ上がった神門(みと)を拡げ見て、また、胸が激しく疼きだす。
参道の肉壁は、一面、剥離だらけであり、付け根はぱっくり裂けてしまっている。
どんなに軟膏を塗ってやっても、一時的に痛みは引いても、完全に治る事はない。
程なく、軟膏の効き目が切れると、また、愛は呻きを漏らし始めた。
そして、その呻きは、日を追うごとに大きくなる。
傷が癒えないうちに、また、来る日も来る日も、大勢の男達に貫かれる参道の傷は、大きくなる一方であったからだ。
『愛ちゃん!此処で何をしてるんだ!』
ある夜。
いつものように、私の腕の中で眠っていた筈の愛が消え、境内を探し回ると、御贄倉の土間で、参道の激痛に呻き悶えていた。
『私…今夜から、此処で寝る…』
『何を馬鹿な…さあ、私の部屋に戻ろう。』
名無しが側に寄り、抱いて連れ出そうとすると…
『ううん…此処で寝る…だって…私が一緒だと…親社(おやしろ)様、眠れないもの…』
愛は、私を押し除けながら、更に大きく首を振った。
『そうか、わかった。よく、わかったよ。』
名無しは、愛の決意の硬さに大きく頷くと、その場で寝巻きを脱ぎ捨て、全裸になって愛を抱き締めた。
『ならば、私も此処で寝よう。愛ちゃんと一緒に、此処で寝よう。』
『駄目よ!親社(おやしろ)様、そんなの駄目よ!』
『何故?』
『だって、此処は寒いもの…とても、寒いもの…』
『寒く何かないさ。』
名無しは、激しく首を振り続ける愛を、一層、強く抱き締めながら言った。
『愛ちゃんが側にいるなら、何処で寝たって寒くない。でも、愛ちゃんがいてくれないなら、何処で寝ても、凍え死ぬ程寒い…』
『親社(おやしろ)様…』
『愛ちゃんは、優しくて良い子だ。私を、凍え死になんか、させないね。』
愛は、答える代わりに、ハラハラと涙を溢れさせ、力なく頷いて見せた。
日を追うごとに深くなる愛の参道の傷に、軟膏は殆ど効果がなくなった。
『ごめんなさい…また、起こしてしまって…』
『良いんだよ。それより、軟膏を塗ってやろう。脚を拡げて…』
参道の激痛に呻く度に起きてしまう名無しに、申し訳なさそうに涙ぐむ愛の頬を撫でて言うと、愛は力なく頷いて、脚を拡げて見せた。
名無しは、真っ赤に腫れ上がった神門(みと)を指先で開くや、思わず眼を背けた。
参道の肉壁の剥離も、付け根の裂傷も、手の施しようがないものになっていた。
最早、どんなに軟膏を塗っても、焼け石に水にすらならないように思われた。
名無しは、愛の参道の傷をジッと見つめながら、幼い頃の事を思い出す。
やはり、百合と言う赤兎が、参道に深い傷を負い、どんなに軟膏を塗ってやっても、激痛が治らなかった時、母から教わりしてやった事を…
『親社(おやしろ)様、駄目よ!駄目!そこ、汚い…』
愛の股間に顔を埋め、神門(みと)に舌先を伸ばす私を見て、慌てて腰を引く愛に…
『汚く何かない。愛ちゃんの身体(からだ)で、汚いところなんて、一つもないさ。』
私は、ニッコリ笑って答えると、指先で拡げた愛の神門(みと)のワレメの一本線に沿って、舌先をゆっくりと這わしていった。
『アンッ…アンッ…アーンッ…』
愛は、忽ち全身の力を抜き、甘えるような声を上げ出した。
名無しは、舌先を愛の神門(みと)の内側に這わせ続けながら、先端の突起…神核(みかく)を、包皮越しに指先でそっと撫で回してやる。
『アーン…アン…アン…アーン…』
愛は、甘えるような声をあげ続けながら、次第に大きく腰を上下させ始めた。
『アン…アン…アン…アン…』
私は、愛の声に合わせるように、神門(みと)のワレメに這わせる舌先を、参道に潜り込ませ、丹念に傷だらけの奥底を舐め回してやる。
やがて、ここぞと言う時を見計らい、愛の神核包皮をめくり揚げ、直に舌先で舐め回すと…
『アーンッ!』
愛は、一際、大きな声をあげ、腰を浮かせたまま静止させ…
気づけば、全身の力を抜いて眼を瞑る愛は、すやすやと心地よい寝息を立てていた。
その日から、私は毎晩、傷だらけの愛の参道を舐め回した。
『愛ちゃん、気持ち良い?』
『うん。とっても、気持ち良い。』
『もっとして欲しい?』
『うん。』
最初のうちこそ、汚いと言って尻込みしていた愛も、日を重ねるうちに、自分からねだるように脚を拡げてくるようになった。
『アン…アン…アーンッ…』
小さな腰を上下させながら、気持ち良さそうにあげる、甘えるような愛の声…
何処か、赤子の声にも似た愛の声を聞く時だけが、私にとっても心安らぐ一時となっていた。
しかし…
朝を迎えれば、漸く、こうして痛みを鎮めてやった小さな参道は、再び多くの男達に抉られ、今日よりも更に深い傷を負わされる。
『愛ちゃん、ごめんね…』
『親社(おやしろ)様…』
『本当に、ごめんね…』
ある夜。
私は、参道を舐め回される心地よさに微睡みかける愛を、思わず抱きしめて言うと…
『親社(おやしろ)様って、お父さんと同じね。』
『愛ちゃんのお父さんと同じ?』
『うん。』
愛は、満面の笑みを浮かべて私の顔の頬を撫でながら言った。
『私のお父さんもね、私に田打をした後、参道を舐めてくれたの。その時ね、舐めながら、何度も何度も、ごめんねって、言ってた…』
『そうだったんだ。』
『私、お父さんに舐めて貰うの好き。気持ち良いだけでなくて、凄く暖かかったから。最後、お父さんに舐めて貰うのが楽しみで、田打がどんなに痛くて恥ずかしくても頑張れた。
でもね…』
『でも?』
『ごめんねって、言われるの辛かった。今にも泣きそうな目をして、何度もごめんねって言うお父さんを見るのが、とっても辛かった。』
『愛ちゃん…』
『親社(おやしろ)様、明日もお願いね。』
愛は、それだけ言うと、クスクスと笑い、私の胸に顔を埋めて眠りについた。
皮剥の祭祀(まつり)を受け、赤兎に兎幣されて一年が過ぎた頃。
愛は、名無しの腕の中で、腹の中の御祭神を目覚めさせた。
『おめでとう。愛ちゃん、赤子を産めるようになったんだよ。』
名無しが、最初の月のモノの手当をしながら言うと…
『誰の赤ちゃん…産むのかな…』
その日も、数多の男達に参道を貫かれた愛は、悲しげな眼差しを向けて、名無しに尋ねた。
『勿論、愛ちゃんが本当に好きだと思う男の赤子…愛ちゃんを本当に好きだと思ってくれる男の赤子だよ。その為に、アッちゃんは、毎日、君の手当をしているじゃないか。』
『そっか。それじゃあ、私…』
『誰か、その人の赤子を産みたい男がいるのか?』
『うん。』
愛は、仄かに頬を染めて、小さく頷いた。
『そうか。それじゃあ、その男の名を当ててやろうか?』
名無しが愛の頬を撫でてやりながら言うと…
『うん。』
愛は、更に頬を赤く染めつつ、嬉しそうな笑みを浮かべて小さく頷いた。
しかし…
『太郎君…だろう?』
名無しがその名を口にした刹那…
愛は、急に表情を暗くして俯き、黙り込んでしまった。
『違うのか?他にいるのか?』
名無しが慌てて尋ねると…
『ううん。』
悲しげに首を振り、私の胸に顔を埋める愛は、シクシクと泣き出していた。
その日を境に、愛はなかなか眠りにつかなくなった。
『どうした?眠れないのか?』
名無しが尋ねると、愛は、答える代わりに、複雑な眼差しを向けてくる。
『まだ、参道が痛むのか?アッちゃんの軟膏、塗ってやろうか?』
『ううん、大丈夫。もう、痛くないから…』
『それじゃあ、早くお休み。』
『うん。』
頷く愛は、やはりなかなか眠りにつかず、一晩中、起きている時もあった。
ある夜。
名無しが着物を脱ぎ、褌を外すと、愛は私の股間をジッと見つめ出した。
『愛ちゃん、どうしたの?』
『太郎君、今日も私を見て、穂柱を勃たせていた…』
『それで、太郎君に穂供(そなえ)させたのか?』
『ううん。私は、させてあげようと思ったのに、太郎君は、『俺、そんな事する気はない!』って、怒った顔して言って、そっぽ向いたの。
でも、その後もずっと、私を見る度に勃たせていた…』
『そうか。太郎君は、本当に愛ちゃんが好きなんだね。』
『本当に…好き?』
『する気がなくても、その子を見て勃たせるのは、その子を本当に好きだと、身体(からだ)が言ってるんだよ。』
名無しが言うと、不意に、愛は私の顔を見上げ…
『親社(おやしろ)様は、私の事、好きじゃないの?嫌いなの?』
『何を馬鹿な。私は…』
『だって、親社(おやしろ)様の穂柱、勃っていないもの…』
そう言いながら、次第に眼を潤ませていった。
『今日から、私と愛ちゃんは、田打部屋に籠る。』
名無しがそう告げたのは、一年と少し前。
和幸と智子が、社(やしろ)を去って間もない頃だった。
『赤兎は、何としても、十二までに子を産まねばならん。子を為さぬ赤兎は、卵を産まぬ雌鳥や、乳を出さぬ雌牛よりも用無しだ。』
名無しは、兎祇(うさぎ)達にそう言い捨てて、愛を田打部屋に連れ込み引き篭もった。
『愛ちゃん…』
『大丈夫、怖がらないで…』
深夜。
躊躇う私の股間に顔を埋めると、愛はニッコリ笑って、剥き出しにされた股間の穂柱に唇を近づけた。
『よせ…もうやめろ…』
顔を背けて言う私の意思とは裏腹に、愛の小さな舌先がチロチロくすぐりだすと、穂柱が反応する。
『穂柱、勃っているね。』
愛は、穂柱から口を離すと、扱く小さな手の中で更に聳り立つモノを見つめながら、クスクス笑い出した。
『する気がなくても、好きな子の身体(からだ)を見て勃つのは、身体(からだ)がその子を本当に好きだって言ってるのよね。』
名無しが無言で小さく頷くと…
『親社(おやしろ)様の身体(からだ)が、やっと私の事を好きだって言ってくれたね。』
愛は、再び小さな口いっぱいに私の穂柱を頬張り、一層丹念に舐め始めた。
『ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…』
次第に荒くなる呼吸と、激しく高鳴る鼓動…
『何故だ…何故…太郎君ではなく…私に…』
愛は、譫言のように呟く私の声を聞き流すように、穂柱の先端を撫でるような舐める舌先の動き早めてゆく。
『アッ…アッ…私は…アッ…アッ…君の為に…アッ…アッ…何も…アッ…アッ…しなかった…』
名無しは、穂柱の先から下腹部、下腹部から全身へと広がる温もりの感触に、次第に真っ白く意識を遠のかせてゆく。
『でも…アッ…アッ…太郎君は…アッ…アッ…君を…アッ…アッ…守り続けた…アッ…アッ…必死に…アッ…アッ…守り続けた…だのに…』
不意に、愛の舌先の動きが止まった。
『愛ちゃんも、好きなんだろう、太郎君の事が…
だのに、何故…』
漸く小さな口腔内と舌先の温もりから、穂柱から解放されると、呼吸と鼓動と落ち着かせながら、私は、天井を見上げる目を瞑った。
愛は答える代わりに…
『親社(おやしろ)様、こっちを見て。』
言うなり、私の手を取り、愛の神門(みと)へと導いていった。
『私の身体(からだ)も、親社(おやしろ)様を好きだって言ってるよ。』
確かに…
まだ、萌芽の兆しもない神門(みと)のワレメに触れると、中はシットリと潤んでいた。
『私、親社(おやしろ)様が好き、大好き。初めて会った時から、ずっと…』
『愛ちゃん…』
私が震える声で何か言いかけると…
『親社(おやしろ)様の悪い夢、食べてあげる。私が全部、食べてあげる。』
愛は遮るように、私の頬を撫でて言いながら、唇を重ねてきた。
そして、名無しの下腹部を跨ぐと、ゆっくりと腰を沈め、舌先で膨張させた穂柱を参道の中へと導き挿れて行った。
『愛ちゃん…愛ちゃん…』
まだ、十二にならぬ愛の参道を、連日貫いた時の感触が、今も生々しく股間の穂柱に残っている。
四年前…
何故、和幸と貴之に殺されてしまわなかったのだろう…
何故、今日、和幸は私を殺してくれなかったのだろう…
名無しは、胸元をグッと鷲掴みながら、四年前、貴之に付けられた、手首の釣り糸と針の傷跡を見つめる。
あの時、首と手首を、釣り糸で締められ、釣り針に抉られた時以上に胸が痛む。
眠れない…
どうにも眠れない…
「親社(おやしろ)様。」
いつ、起きたのであろう。
菜穂が、名無しの隣に両膝を抱いて座っていた。
「どうした?どこか具合でも悪いか?」
「ううん…久し振りに、お兄ちゃんの夢を見ちゃって…」
「そうか…兎神子(うさぎ)として兎幣されるまで、君はお兄ちゃんっ子だったからね。」
菜穂は、最近すっかり会いに来なくなってしまった家族達を思い出して、表情を曇らせた。
「今度、久し振りにこちらから会いに行くか?私が連れて行ってあげよう。」
「ううん、良いの。会えば、お互いかえって辛いから…お兄ちゃん、今でもに、親社(おやしろ)様を嫌っているし…」
「そうか…」
名無しは、祠の窓から外を見る。
山林の枝に閉ざされ、夜空さえも見えず、闇がこの祠を包み込んでいた。
ただ、粉雪混じりの風に煽られ、音を立てる梢の音が、物悲しい鳴き声に聞こえる。
子が産めぬ者。
不治の病や怪我を負った者。
障害を持ってしまった者。
そんな理由で用無しとされ、捨てられた者達や、彼等を棄てねばならなかった者達が、今も哭いているのだろう。
何と悲しい声であろう、誰かを恨む事、憎む事、怒る事も出来ず、ただ、哭くしか無い者達の声は…
彼等を救えぬなら、せめて、彼等の恨みや憎しみ、怒りを一身に受けてやれないものだろうか…
「親社(おやしろ)様…」
「何?ナッちゃん。」
「親社(おやしろ)様は、何で、わざわざみんなに嫌われようとなさるの?」
「私が?皆に?」
「そう…サナ姉ちゃんの時も、トモ姉ちゃんの時も、愛ちゃんの時も…いつも、自分が悪ものになろうとされる。」
「別に、嫌われようとも、悪ものになろうとも思ってないさ…
私は、事実ろくでもない男だよ。生まれた時から、死ぬ時までね…」
「トモ姉ちゃんと同じ事を言うのね…トモ姉ちゃんには、散々、お説教じみた事を言ってらしたのに…」
菜穂は、言いながら、ハラハラと涙を零した。
「私、知ってるわ。愛ちゃん、赤ちゃんができなかったら、異国(ことつくに)に売られるところだったんでしょう?」
答える代わりに、名無しは大きな吐息を漏らした。
一年と少し前…
総宮社(ふさつみやしろ)の総宮司(ふさつみやつかさ)である、名無しの父・東堂俊氏鱶腹慎太郎和邇雨義輝(とうどうのとしうじふかはらのしんたろうわにさめのよしてる)が久し振りにやってくるなり言ってきた。
『おまえの赤兎、いつになったら孕む?』
『そのうちに…』
『だから、そのうちのいつだ?』
名無しが無言のまま、何も答えずにいると…
『まあ、良い。十二迄に孕まねば、異国(ことつくに)に売り飛ばす迄だ。』
父・慎太郎は、煙管の煙を吹かせて小刻みに頷いた。
『異国(ことつくに)に…』
『おいおい、何を今更、そんな顔をする。
子を産まぬ兎神子(うさぎ)は、卵を産まぬ雌鶏や乳を出さぬ雌牛より用無しだ。雌鶏や牛なら、肉にすれば食えるが、あの兎神子(うさぎ)らではそうはいかんからな。』
名無しは、思わず腰の胴狸に手をかけそうになるのをグッと堪えて唇を噛んだ。
『それにしても、どうしたと言うのだ?』
父はまた、溜息混じりに煙管の煙を吹かせた。
『注連縄衆(しめなわしゅう)や海童衆(わだつみしゅう)を相手に、あれだけ派手に暴れたおまえが、何だって…赤兎一匹孕ませるのに、こんなに時間がかかる。』
『だから、前々から申してるではありませんか。』
名無しは、声を震わせて言った。
『幼過ぎる子に、穂供(そなえ)を強いる事自体、無理があると…
余りにも早く…十分身体(からだ)ができてないうちから、穂供(そなえ)を強いれば、参道や御祭神を傷つけ、子を産めなくさせる。
それと、男女問わず、子を産む機能は繊細にできてるのです。恐怖、苦痛による心の負担をかけ過ぎると、体はなんでもなくても、子はできにくくなるのです。ですから…』
名無しが全て話し終わらぬうちに、父は煙管で灰吹を叩いた。
『何をばかな…幼いうちから、徹底的にやらせて、孕ませる事で、女は、される事にも孕む事にも強くなれるのだ。』
『で…
慢性的に参道を傷つけられ、御祭神を破壊され、子を産めない女が増え、天領(あめのかなめ)の名家に、里子として売りつける仔兎祇(こうさぎ)どころか、神領(かむのかなめ)の子も生まれなくなり、幽国神領(かくりのくにのかむのかなめ)は自然消滅…
実に、めでたい話です。そうなれば、もう、十一から田打と称して神職家(みしきのいえ)の玩具にされ、十二から捧穂(ささげ)の祭祀(まつり)に駆り出されて穂供(そなえ)を強要される兎神祇(うさぎ)はいなくなる。七つから、皮剥と称して着物を剥ぎ取られ、来る日も来る日も素っ裸で引き摺り回され、領内(かなめのうち)中の男達に弄ばれる赤兎もいなくなる。
一層、そうなれば良いと、私も思いますよ。』
名無しが言うと、父はまた、大きく首を振った。
『おまえも、相当、天領(あめのかなめ)の阿呆らしい学問もどきに毒されてるな。
天領(あめのかなめ)の医学(くすのまなび)で何を言ってるかは知らぬ。
だが、神話の時代から続く、神領(かむのかなめ)の歴史が雄弁に物語ってるではないか。
恐怖と暴力とで、徹底的に従順に育て上げ、早いうちから、とにかくやらせる。そうする事で、赤兎も白兎も、大勢の仔兎神(こうさぎ)を産むようになる。その仔兎祇(こうさぎ)を天領(あめのかなめ)の名家に里子として売りつけ、潜り込ませる事で、我らは常に皇国(すめらぎのくに)を裏で動かし、牛耳ってきたのだ。』
『父上は、何もわかっておられない。』
今度は、私が首を振る番であった。
『正確には…顕中国(うつしのなかつくに)の大国主(おおくにのあるじ)たる国築神(くずきのかみ)に臣従した時を始まりと仮定して四千年に渡る神領史(かむのかなめつふみ)の中。赤兎が本当に子を産んだ事例は、多く見ても全体の一割…
殆どは、十二を待たず使い物にならなくなり、それでは面目立たない社(やしろ)が、社領内(やしろのかなめのうち)に暮らす兎神家(うさみのいえ)の誰かが産んだ子を、赤兎が産んだと称してる。
そもそも、皮剥の儀式は禊の儀式…
いや…
根津国聖領(ねづのくにひじりのかなめ)の理不尽な要求で、生贄同然に差し出さねばならぬ少女(おとめ)を、禊に託け神聖視する事で、少しでも慰撫し保護する為のもの…
今のように行われるようになったのは、南北朝時代
朝廷分離への加担と、紛争の泥沼化に、仔兎祇(こうさぎ)を利用する事に反発した兎神家(うさみのいえ)へと、旧鱶腹宗家(ふるきふかはらのむねついえ)への報復と見せしめの為…
何より、神宮家(みつみやのいえ)の廃絶を目論む聖領(ひじりのかなめ)の…』
私が此処まで言いかけると、父はまたもや遮るように、煙管で灰吹を叩いた。
『とにかく、愛を早く孕ませろ。本当に孕んだ事例が少ないなら、尚の事、おまえの所で孕ませる価値があると言うもの…
手段はどーでも構わんぞ。寝る間も与えず、入れ替わり立ち代り、好き者の男をあてがって、やらせまくっても良い。学舎(まなびのいえ)の学(まなび)を全て穂供(そなえ)にして、教導師(みちのし)と学徒(まなびのともがら)全員にやらせ続けても良い。結論、孕めば良いのだ。』
『ですから、父上…』
『もし、十二までに孕ませる事ができなければ、愛は異国(ことつくに)の戦場(いくさば)に売る。
売られた兎神子(うさぎ)の末路は、知っておるな。使い物にならなくなるまで、飢えた兵士(つわもの)どもの餌食にされ、使い物にならなくなれば、生きながらに腑分けされ、臓腑を抜かれて切り売りされる。』
『わかりましたよ、父上…』
私は、頷きながら、大きく溜息をついた。
『で、あの子が子を宿したら、あとはどうなるのですか?』
『聖領(ひじりのかなめ)の諸社(もろつやしろ)が喜ぶだろう。あちらでは、年々、兎祇(うさぎ)…いや、あちらでは根隅(ねずみ)が仔根隅(こねずみ)を産まなくなり、まともに仔兎祇(こうさぎ)を産める兎祇(うさぎ)に飢えてるからな。
そうなれば…
例の一件以来、何故か憎むどころか欲しがるようになったおまえの評価は、必然的に高まる。それで、第二第三の赤兎を孕ませれば…聖領(ひじりのかなめ)に招かれ、宮司職(みやつかさしき)として社(やしろ)の一つも任されるであろう。ゆくゆくは大宮社(おおみやしろ)の大宮司(おおみやつかさ)となり、上手くすれば聖宮社(ひじりのみやしろ)の…』
『そんな事は聞いておりません、愛はその後どうなるのかと聞いてるのです。』
『なんだ、馬鹿馬鹿しい…
仔兎祇(こうさぎ)を産んだ赤兎は、青兎として、聖領(ひじりのかなめ)いずれかの大宮社(おおみやしろ)に捧げられる。』
『聖領(ひじりのかなめ)の大宮社(おおみやしろ)に…』
『わしとしてはな、同じ聖領(ひじりのかなめ)でも、根津諸島(ねづのもろつしま)の大宮社(おおみやしろ)などではなく、神妣島(かぶろみしま)の聖宮社(きよつみやしろ)に送り込みたい。』
『聖宮社(きよつみやしろ)…あの…』
『そう、おまえとも深い縁の神妣宏典(かぶろみのあつのり)が、聖宮司(きよつみやつかさ)を務める、あの聖宮社(ひじりのみやしろ)だ。懐かしかろう?』
私は、思わず握りしめる拳を震わせながら、父の顔を見据えた。
宮司(ひじりのみやつかさ)…神妣宏典は、送り込まれた青兎達に産ませた仔兎祇(こうさぎ)を、里子に出したりはしない。
年々数を減らす、聖領(ひじりのかなめ)の領民(かなめのたみ)を増やす実験に使う為である。
その実験とは、実の父親や兄妹姉弟と穂供(そなえ)をさせ、子を宿させる事である。
近親によって産まれる子は、不具や白痴、病持ちが多い。しかし、逆に突出して有能な子が産まれる事がある。
宏典聖宮司(あつのりのきよつみやつかさ)は、近親による穂供(そなえ)で、不具や白痴、病持ちの子が産まれれば殺しつつ、稀に産まれる有能な子で、領民(かなめのたみ)を増やそうと計ったのである。
名無しは、何度となくその現場を目撃していた。
『嫌っ…嫌っ…嫌っ…』
『抑えつけろ!』
『やめて…お願い…お母さん…助けて…助けて…嫌っ…嫌っ…嫌っ!』
それは、泣いて踠き暴れる全裸にされた幼い娘を、産み落とした母親に、手足を押さえつけさせるところから始まる。
『神門(みと)を広げろ!』
母親は、泣き噦る娘の顔から目を背けつつ、命じられるままに、震える指先で小さな神門(みと)のワレメを広げると…
『さあ、やれ。実の娘と存分に楽しむが良い。』
『ケケケケケ…では、ありがたく…』
実の父親である男、こちらは命ぜられるなり、猥雑な笑みを満面に浮かべて、袴と褌をぬぐ。
この男に父親としての情はない。
欲望のままに娘の母である兎神子(とみこ)に手をつけ、今度は産まれてきた我が子にも同じ食指を伸ばそうとしているだけの事である。
しかも、娘の母親の時は、多額の玉串を支払って手をつけたが、今度は逆に被験者として多額の報酬を得た上で…で、ある。
『さあ、父ちゃんと常世に行って、たっぷり楽しもうな。』
実の父親である男はそう言うなり、怒張した穂柱の先端を、まだ発芽の兆しもない神門(みと)のワレメに押しつけて行き…
『イッ…イッ…イッ…痛い!痛い!』
実の娘の泣き叫ぶ声を尻目に、小さな参道を貫いた。
『キャーーーーーーーーーッ!!!!!』
幼い娘の絶叫が、暗く狭い土牢にこだまする。
『痛いよー!痛い!痛い!痛い!もう!もう!もうやめてよ!痛い!痛い!痛い!』
それは、来る日も来る日も、連日連夜にわたって繰り返された。
しかも、最初のうち、少女に穂供(そなえ)るのは、実の父親一人であったが…
日が経ち、最初は無理やり捻り込んでもなかなか挿らなかった父親の穂柱が、どうにか奥まで挿るようになると…
『さあ、今日から、おまえの叔父や祖父(じじ)にも、可愛がって貰おうな。』
そう言って、聖宮社(きのつみやしろ)の聖職(きよしき)に連れてこられた、実の父親の親類達にも、少女に穂供(そなえ)させるようになる。
『嫌っ!嫌っ!やめてっ!お願い!お母さん!助けてっ!助けてっ!お母さん!お母さん!』
この時も、少女は必死に助けを求める実の母親に、無情にも手足を押さえつけられる形で、初めて見る親類の男達に弄ばれる。
『どうだ?どうだ?父ちゃんと俺と、どっちが具合良いか?』
『ククク…やっぱ、父ちゃんが良いよな。父ちゃんが一番良いよな。』
股間の表参道と尻の裏参道を、父親と叔父が同時に貫き…
『アッ…アッ…アッ…アァァァァーーッ!!!』
少女が、耳を劈くような声で泣き叫び出すや…
『おう、おう、大きな口を開けおって。それじゃあ、祖父(じじ)は、その大きな口で慰めて貰おうかの。』
少女の祖父は、老人とは思えぬ程に怒張したモノを、少女の口に捻り込む。
その傍らでは、更に数多の親類の男達が、涙目を白黒させながら、三つの孔を同時に抉られる少女を涎を垂らして見つめ、疼く穂柱を揉み鎮めながら、順番を待つ。
そんな日々を、何月も、何年も…
延々と繰り返した末に、多くの少女達は、赤兎同様、赤子を産む事なく使い物にならず始末され…
何十人かに一人は、実の父親や親族達の赤子を産む。
しかし、親族との間にできた赤子の多くは、不具や病持ちであると知れるや、産んだ少女の前で始末された。
始末する役目は、少女の手足を押さえつけさせられていた、少女の母親に負わされた。
そうして、少女達も、少女の母親達も、皆、数年を待たずして発狂すると、無惨にも用済みと見做され始末されていった。
『まあ、つまらぬ事に気を留めるな…』
父は言いながら、私の肩を軽く叩いた。
『とにかく…今は、昇り詰めろ。何としてでも、聖領(ひじりのかなめ)に入り込んでな。』
『こんな小さな領内(かなめのうち)で、神職家(みしきのいえ)の恐怖政治に怯えた領民(かなめのたみ)に、兎神子(とみこ)と言う生き餌を与えながら…ですか…?』
私は、どうにか拳の震えを鎮めると、大きな吐息を一つつ吐いた。
『それで、兎神子(とみこ)に産ませた仔兎神(ことみ)を天領(あめのかなめ)の支配層や経済層に送り込み、紛争の種を撒き散らす。先の大戦のように…
そんな真似をして、楽しいですか?』
『それを、おまえが楽しいと思えばな。』
父もまた、面白くもなさそうに吐息を一つ吐くと、小刻みな頷きを繰り返しながら言った。
『おまえは、昇りつめる事の意味をわかっておらぬな。昇りつめるとは、力を握る事。
何をするにも、まずは力を持つ事だ。
今のおまえが、鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)で行った兎神子(うさぎ)どもの処遇も、貧民どもに医療や食い扶持を与えてやれたのも、宮司(みやつかさ)としての力あっての事。
いくら綺麗事を並べても、力を持たねばただの泣き言や絵空事にしかならん。だが、力を持てば事の善悪関係なしに、何でもしたい事ができる。
この社領(やしろのかなめ)でやり遂げた同じ事を、根国聖領(ねのくにのひじりのかなめ)や幽国神領(かくりのくにのかむのかなめ)全土でやり遂げる事もな…』
『その為に、幼い赤兎の身体(からだ)を貪った上、生贄に差し出して…ですか?』
『ものは考えようだよ、考えよう。
どうせ孕ませる事が出来なければ、異国(ことつくに)の戦場(いくさば)と言う地獄が待っている。
同じ地獄でも、異国(ことつくに)の戦場(いけさば)と言う地獄に落としても何も得ぬが、聖領(ひじりのかなめ)と言う地獄に差し出せば、新たな力を得る糸口にできる。
どうせなら、後者を選ばぬか?後者を選んで、更なる上を目指し…』
父は、そこまで言うと、私の耳元に顔をそばだて…
『神妣宏典(かぶろみのあつのり)を殺して、聖宮司(きよつみやつかさ)の座を奪え。そうすれば、愛を地獄から救い出してもやれる。愛以外の差し出された青兎達…いや、そこにいる鼠神子(ねずみ)ども全員、今のおまえの兎神子(うさぎ)達のような扱いをしてやれるぞ。』
『父上…』
思わず蒼白になって振り向く私に、それまで無表情だった父は、漸く微かな笑みを浮かべながら、煙管の煙を大きく吹かせた。
権力…
そんなものの為に、幼い者を食い物にする…
幼い者を、この手で嬲り、引き裂き、傷つけ…
その子も、その子を愛する者達も、踏みにじる…
そこにどんな大義があろうとも…
いや、高尚なる大義を掲げればこそ…
何と悍ましいのだ…
私の中に流れる血は…
私の存在は…
穢れてる…
穢れてる…
私は生まれて来るべきでなかったのだ…
あの時、貴之に苦しみに苦しめられ、嬲り殺しにされてればよかったのだ…
何故、産まれてきたのだ…
何故、生きているのだ…
何故、何故、何故…
「悲しいよ…」
嗚咽混じりの声が、私の自嘲を中断させた。
「アケ姉ちゃんも、愛ちゃんも、みんな泣いてるわ。
カズ兄ちゃん、タカ兄ちゃん、亜美姉ちゃん、みんなに嫌われようとする親社(おやしろ)様を見て、泣いている…」
「泣かなくて良いさ。」
シクシク泣きだす菜穂の肩を抱いて、私は更に窓の外を見る。
空はかすかに白み始めたのであろうか?
朧ながらも、視界がひらけてくる。
されど…
悲しみだけを負って逝った者に夜明けはない。
誰かを憎み恨まなければ、永遠に夜明けは訪れない。
「私に、泣いて貰う価値はない。」
「そう言うの嫌!」
菜穂は、一層、激しく嗚咽する。
「私、トモ姉ちゃんがそう言うの、一番嫌だった!親社(おやしろ)様だって、カズ兄ちゃんだって、どれだけ、トモ姉ちゃんがそう言って悲しんだ?
そう言うの、一番人を傷つけるわ。
タカ兄ちゃんや亜美姉ちゃんを傷つけたの、サナ姉ちゃんが命と引き換えに赤ちゃん産んだからじゃない。それを、親社(おやしろさま)様が許したからでもない。
親社(おやしろ)様が、みんなに嫌われようとされた事だわ。
今度は、せっかく、親社(おやしろ)様の赤ちゃん産めて喜んでる愛ちゃんも傷つけるの?」
私は、何も答えなかった。
ただ、菜穂の肩を抱き、背中を撫でながら、窓の外を眺め続けた。
「ナッちゃん、もう一眠りおし。目覚めた時、側に君がいないと、カズ君が寂しいだろう。」
「私、もう寝ない。カズ兄ちゃんを寂しがらせて、悲しませるの。」
「おいおい、何をまた…」
「だって、親社(おやしろ)様も、みんなを寂しがらせて、悲しませるんですもの…」
「ナッちゃん…」
「ほら、親社(おやしろ)様も困ったでしょ?」
菜穂は言いながら、涙にぬれた目を向ける。
「お願い、約束して。みんなを悲しませたり、傷つけたりする事を、もう言わないって…
自分を苛めて、みんなを辛い思いさせないって…
約束して下さったら、私、寝る。カズ兄ちゃんが目を覚ました時、側にいてあげる。」
「わかった、約束しよう。」
「約束よ。」
菜穂は、漸く涙を拭って、笑顔になった。
「約束破ったら、私、親社(おやしろ)様を許さないわよ!本当よ!」
「わかった…よーっくわかりました、ナッちゃん。」
私が、指先で軽く額を小突いてやると、菜穂はニコッと笑って、再び和幸の隣に眠った。
外は、更に白々明けて行く。
粉雪と霧に包まれた、山林の景色を朧に写し出して行く。
夜明けが近づいてきたのだ。
しかし…
悲しみだけを負って逝った者達の哭き声は止まらない。
永遠の暗闇の中で、これからも哭き続けるのだろくか?
私を恨め…
私を憎め…
それで、少しは浮かばれるのなら、私にも産まれてきた意味が少しはあるだろう。